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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

揺蕩う

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こんばんは。


有給を取って三連休、法事で父方の実家へ帰っておりました。

7回忌。

僕だってつらいものはある。


何も変わらずにというわけではない。


今年、僕は彼女と同い歳になった。


兄はすでに彼女の歳を越え、僕も来年そうなる。



6年はそんなに短くはなかった。


でもあっという間で。



寄る間の車中で母に聞かされた話は、時間感覚とその儚さを一層加速させた。

すぐとなりに住んでいた幼馴染のお兄さんが事故で亡くなったとのこと。
どこかにぶつけたのか、独り住む自宅に帰って、そのまま息を引き取ったらしい。
発見されたのは死後三日ほど経ってからだった。

まだ31,2歳だった。




僕はいずれ、彼も追い越していく。



たぶん、驚くほどの速さで。







たゆたう、という言葉が好きです。



割と悪い意味でつかわれるみたいだけれど。
別に決めきる必要なんかないと思っているわけで。


Aにするのか、Bにするのか。


それほど重要ではないと考えています。


そこにあるのがAであるということ。

こちらにあるのがBであるということ。


その両者に、いかにすれば触れられるのか。



その両者の向う先はどこか。


その両者がもたらす意味は何か。



それが本質であり、そこにたどりつくのであれば、その先の決定項は重要ではないのです。


意味を持つ点が違うけれども。



ただとらわれない、ということ。




いろいろ心を動かされるものだね。





人との別れがこれほどに悲しいのは、それはある種「死」に近いからかもしれない。

「わたしの中のあなたはもう死んだ」とはつまりそういうことを言っているのではないのか。

ある種の別れは、その人の人生から完全に去ってしまうことを意味する。

ある人の人生から出て行ってしまう、それはつまり死に共通する概念だし。


だから時に、「この先この人と私の人生が交わることはない」と感じた時に、相手が自分にとって大切であるほどに、痛いほどに心を締め付けるんだろう。


そう思うと、皆が思っている程その行動は軽くないのだよと言いたくなる。

心を踏みにじられるほどの苦しみを味わう人がきっといるであろう、その存在を信じるに値するくらいには、現実的な感覚でした。


駄文。



今日は寝ます。



ではまた。


















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