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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

無菌室

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自分の凡庸さを嫌というほど実感する。



自分の無能を噛み締める。



そういう瞬間が山ほどあります。




思えば周りはみんな僕より学歴が高く(学歴が何を指し示すとも思わないけれど、一般的な指標として)


みんな優秀で(曖昧だけれど)




でもなんかやれる気がして自惚れてたかもしれないとは思う。



自分なら出来ると思っていることがうぬぼれではなく、プライドが高いのもしょうがないと思う。



出来るかもと思って動かないことが自惚れ。



出来るんではなく、動くから出来るようになる。努力するからついていける。



自分がそういう人間であることを忘れてはいけない。




思えば自分の短い人生ではそういうことは結構あった。



誉められてばっかりではないし、大概誉められるのはけなされて、つぶされた後の努力の結果を認めてもらうときだった気がする。



「サッカーやめちまえ」とまで言われた中2の夏。

「努力の人間」宣言をした高校時代。

クラスでも一番能力がなく劣等感だらけだった大学1年次。

自分のよりスペックの高い人間だらけの就活と内定者の集まり。

そして今の会社での社会人最初の2ヶ月。




細かく言っていけばもっとあるけれど、つまりはわりと出来ない人間で、それを乗り越えようとして何とか生きてきたんだと思い出した。


挫折というほどでないにしろ、自身が節目で落ち込んできた事実は確かにある。自分の弱さに直面して、がっかりしてたわけですな。



変えたいのなら、変わらなければ。





まあそれとは別に常に釈然としないものもあるのですよ。



どう見られているか、についての誤差は常々考えていますし、「実際はそうでない」と思っていてもそう見られているのだからそれはそうかもしれないし、かといって相手の勘違いかもしれないし、だが勘違いだとしても勘違いが多数派で僕が少数派なら世間的には僕が勘違いかもしれないし。


僕自身が伝わりづらい人間だと思っているけれど、実は伝わっているものがすべてという考え方もあるわけで。


ただまあ、言われたことに納得が出来ないとか、違うと思うならばそれを示せばいいだけで、示せないならば残念ながら何にもならない。



あとは、それをこちらに言う相手も人間であることを忘れてはならないよね。相手にも同じように、言っていることが思い込みである可能性もあるし、間違いも犯す。

相手の言っていることが正しいとは限らない。

特に年上が何かを言うときは、大体がやはり説教じみてしまうわけで。自分が年下に言うときも何かしら「達観しているように」なってしまうものね。なんだか包括するようなスタンスで。


だから額面どおりで喜んだり落ち込んだりすることにそこまで意味は無いのかな。ひねくれているとは思います。


相手が正しいとは限らない。それと同じくらいに、自分自身の思い込みは危険なもの。



この両端を0か1かで決めきらないで、たゆたうように、常に収束しない位置で、物事を現実にひとつの形として表出できるようになることが目標です。矛盾しているようですが、出来る人もいるんですよね。

波動関数・・・・・・・まあどうでもいい話。

大した人間ではないのは知っているけれど、負けず嫌いなのはしょうがない。


本当にトップレベルの人たちからしたら「低次元」かもしれないが、それはそれ、どういう位置に居ようと相対的でしかありえないし、ならば今居る場所で少しでも上を目指せばいいだけ。



常に考えうる全方位を考えましょう。


思考の深度は能力による。僕は多分そんなにその能力は高くはない。

でもそれを認識できる自分でありたい。








よし、頑張ろう。


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