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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

出口から入って入口から出る

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こんばんは。





ちがう、こんにちはですね。




再び、お久しぶり。




前回書いたのは2月頭か。



だからと言ってそれほど書くことは実はなかったりするんです。




本当にいろんな思考があって、その都度ひとつ見方が確立してはいるけれど、その面白さを伝える前に具体的な形は奥底に沈んでます。



読んでる本もちょいちょいあるんです。課題書含め。



後はただひたすらにスティックを握り、パッドを叩き、ギターを弾いています。誇張ではなく、日がな一日そう過ごす日があります。




生産性は多分低いんでしょうが、それはそれとて、考える時間がたっぷりあるのは良くも悪くも自分には大切です。


意外とやらねばならないことは多くて、余裕はあるにせよ着手すべきことがそこここらにはあるのです。だから3月の行動計画も考えておかねばなぁと。







啓発書というのがあまり好きではない。


読む必要性を感じないというのがひとつ。

押し付けがましさというのか、洗脳性というのか、悪い意味合いでの宗教性を感じることがひとつ。

払うお金分の価値と中身の価値が釣り合っていないことが多いこと。


本質的に言っていることはどれも同じであったりして、かつ「言うは易し、行うは難し」の類であり、それを実践できるならあんなに膨大な「自己啓発」という供給過多なジャンルが出来上がったりしないわけで。


もちろん実践できるか否かの意思の強さは書籍側の責任でなく個人の責任です。



なんにせよ、膨大な供給であり、玉石混交の玉が極端に少ない状況に見て取れるのがなんとも。



ただその存在を否定はしないし、きっかけとして非常に重要な知見を得られる場合も多々あるし、なんなら僕だってもちろん読むことはあります。というか今まで読んできた感想が上述のものですが。



でも結局自分で考えて自分で行動することが大前提なので、啓発書大好きで、すべて鵜呑みで、まるでさも自分が経験してきたかのように受け売りで話し、「自分磨き」をした気になっている人を見るとどことなく釈然としない気分にはなります。
もちろん、啓発書好きだからと言ってそういう人ばかりでないことも断ってはおきます。


何冊も読んで、意味あるのかな、という意見。


本質が同じである場合が多いから、啓発書を買い漁る意味はないと思う。マーケティング戦略の部分が大きすぎる。


「これは!」と思うものがあったときに読んでみるのが良いかな。



与えてくれるものとは別に、いつでも自分を奮い立たせてくれたり精神安定剤になってくれる書籍も存在しますからね。


ただ僕はそういう本を自己啓発とあまり呼ばないだけの話。


実際詩集であったり語録であったりフォトエッセイであったりすることが多いから。



否定的な話、というのは複雑ですね。何が嫌いか、という認識は大切です。


ただ、個人ブログだから良いけれど、日常では何が嫌いかでなく何が好きかで自分を語りたいものです。






意見とは、元来個人的なものである。私見であること、個人的な意見であることをいちいち断る必要は本当はない。


所属先、組織を代表するような眼で見られているときはその限りでない。


つまり本来は、ある意見において自らの意識する主体と相手方の意識する主体が異なる場合にこのエクスキューズが必要となる。


で、現代においてどんな場面でも、つまり非常にパーソナルな場面においてすらもこれを用いる心理はどこにあるのか、と考えてみる。

僕自身使ってしまうわけで。


これは、まず会話において受け取り手が極端なんじゃないかと推察している。

意見、主張というものが、随分と個人の領域を侵食する強いもののように考えられている。

それは鵜呑みにしてしまう癖というか、主体性の問題だろう。

自分の意見を外側に出すこと、それが受け取り手の心構え次第でネガティブな側面を帯びるのか。


それが周囲の状況に対してどういうポジションを取っているのかを気にするようになる。


だから会話の中で意見を言うものと、言わないものに分かれる。そして意見を言う人間は、その主張を「圧力である」と捉えられていることに気付く。


だからわざわざ「個人的であり、僕の内側にあるだけのもの」という注釈をつけて、これが「社会の総意である」や「正しさを論じている」というようなことはないんだと暗に示す。


本来はそれが社会の総意であろうと関係はない。

受け取り手が、相手の意見を鵜呑みにしないというのが基本的な会話作法であり、相手個人の意見と受け止めるべきだから。


だが、それこそ同調圧力というべきか、周囲に対するポジションを気にしてしまうという癖がここにも顔を出す。

もうひとつは単に押し付けられる事に対する真っ当な嫌悪感であったりもする。





とまあ、こんな小さなことでもくどくど考えてみると意識無意識の底にいろんな繋がりがあるのでは、と思えるものです。


「良い意見だね」


「意見に、良いも悪いもありません」


「訂正する。僕の意見に近いという意味だ」


どの作品かも覚えていませんし、台詞が完全に正しいかどうかもうろ覚えなのでわかりませんが、非常に的を射た(得た)会話だな、と思っています。


どなたの作品か、については、当ブログでは何度か登場したあの作家さんですよ、とだけ。予想はつくでしょう。






そんな今日この頃。




では曲。



新人バンドばかりでも面白くないですし、新曲ばかりでもね。



ということでbarenaked ladiesを。


カナダ、トロント出身の五人組。いろいろありますがまだ活動してる模様。

オルタナ、ポップのバンドですね。

とっても明るく、なのに歌詞が割りと壮絶な裏側だったりする、良いバンドです。


ドライブしながら聴ける曲が多い、気がする。


曲はPinch me。

なんともいえないメロディの曲。起伏は少ないけれど、歌詞を見ながら聴けばメロディの感じがなんとも絶妙であると気付くでしょう。

そんなにハワイアンな、もしくはレゲエな曲ではないので。


ぜひご一聴を。



ではまた。



It's like a dream - you try to remember but it's gone, then ya
Try to scream but it only comes out as a yawn, when ya
Try to see the world beyond your front door.

Take your time cos the way I rhyme's gonna make you smile, when ya
Realise that with a guy my size it might take a while, just to
Try to figure out what all this is for.

Pinch Me
Pinch Me
Cos I'm still asleep.
Please God
Tell Me
That I'm still asleep



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