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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

夜鳴き

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こんばんは。




随分と長いこと放置して、気付けば12月です。




ばたばたと。





しばらくは働いておりました。



かなり忙しい時期だったので、ほとんど毎日、寝てる時間以外は、って言うくらいの勢いですね。



その後のイベントごとはほとんどなかった気がします。



そしてつい先日今更ながら柴田よしきさんのmiss youという小説を読了。




感想は後日、書ければ書きたいと思います。



通貨危機に際して通貨関連の本を一冊読了。同志社大の教授か誰かの著作ですが、参考程度に。


現在はまたマネー避難という経済関連書を読んでおります。


その辺もまた書くことがあれば。






昨日はAerosmithのライブに行ってまいりました。


東京ドームです。


あれだけの大会場で一つのバンドを観に行くのは初めて。洋楽も大した数観に行っていないので貴重な一回です。



スティーブンタイラーはすっかりおじいさんですが、見た目はおばあさんです。


あのハスキーボイスと独特のスクリーミングが最高でした。



今のテンションの問題で書くこともそれほどないのですが、久しぶりに良い感じのエンターテインメントを体感しました。


来月はピロカルピンだー。








なんか急に悲しくなりました。



お金の考え方とか、社会人としての自覚とか、自立とか。



僕の甘さは自分では承知しているつもりなんですが、それでもまだ足りないんでしょうか。



何であんなに強い言い方をされたのかも釈然としないし。



そこから話が展開して、僕自身の性格の話に。


認識はあるつもりだし、それのだめな部分も散々考えてきたし、直せるところは直そうと努力してきたのに。



まだ批判されるんだもんなぁ。




高飛車に見えたり、傲慢に感じたり、皆さん結構強い言葉を使われるんですね。




僕にそれを批判する割りに、傷つけることを非とする割りに、僕がその言葉で傷つくかとは考えないのですな。




僕自身がまったくそうではないと思っているところでそう思われてしまって、話を聞いてみてもその点のどこが「傲慢」なのかまったく分らない、そんなときはどうしたら良いものか。



みんなが指摘することはもう大部分分りきってて、自分でも考えつくしてきたことのひとつだったりすることが多い。


大学最初の二年間は、全然気が付かなくて「言われて初めて気付いた」ことも幾度となくあった。



けれど、最近はそういうことはめっきり少なくなって、だからこそ「いや実はさ」っていう話になって僕がどう考えているかを言うんだが。



僕がそんなところには考えも及ばない、いやらしくて心底傲慢な、自らを省みない人間だなんて思っているんだろうか。




両親ですら、そういう風に見ている部分があって。



自分の一番の理解者が両親である、とは限らない。




でも自分の一番の理解者が自分自身であることは絶対にない、と思っている。





ただ、人を理解し、理解してもらい、お互いが理解しあっていることを自分で理解するということはとんでもなく難しく複雑なことなんだということ。




なんで「理屈っぽい」の一言で片付けるんだろう。



なんで感情のある人間と、感情のない論理だけのロボットかのように性格を区分けするんだろう。




自分が気に食わない他人の性質を、「そういうのは良くない」となぜ言いきってしまえるのだろう。



あなたが気に食わないだけだろう。あなたがそれを嫌いなだけだろう。




「批判的な意見を言われるとすぐに反論する」
「いや、そうじゃなくて、こう考えているんだよとかすぐに持っていって、自分が正しいんだってなる」


何でこんなことしか言えないのか。何でこんなこと言われねばならんのか。すごく次元が低いんじゃないかって罵りたくすらなる。



意見に対して意見をぶつけることが、「自分を守ろうとしている」とか「プライドが高い」というネガティブな印象にしか向かないのは何でなんだろう。



意見に穴があるならそれを指摘しちゃいけないのか。


前もこんなこと書いた気がする。


結局、僕にぶつけるその言葉こそが、自分自身に当てはまるんじゃないのかって言いたい。

「あなたの意見は間違っていて、私の意見が正しいんだ」
「だから反論するな」




イエスマンが周りにたくさんいれば楽だろうけど、そんな思想で他人を否定しないで欲しい。



この批判をぶつける人で、グサッと刺さることを言ってくれた人は一人もいない。


誰もが僕のことを「プライドが高くて自分の意見を守るのに必死、間違いを認めようとしない」という形で見ているからだろうか。




プライドは多分高いんだろう。でも多分誰だってそれなりだと思ってる。


自分の意見は正しくあってほしい。否定されるのは誰だって辛い。



間違いを積極的に認めるのは誰だって恥ずかしい。恥ずかしいことでないのは分っているけれど、間違っていた!と思う瞬間のなんともいえない感覚は誰にだってあるだろう。



でも発言するということを全部そこに結びつけるなよ。



僕はその意味で純粋だと自分で思っている。


相手の意見に疑問があったり、聞きたいことがあるから質問する・意見を言うだけだ。


そこにプライドとか、自己保身なんか全然関係ない。全然悪いことじゃない。


間違ってたら認めるだけだし、相手が嫌いでとか、自分を守りたくて変に「噛み付く」わけじゃない。



ただ価値観が違うだけで、間違っているとか正しいとか良い悪いの問題じゃないことだってこの世には五万とある。



もちろん、状況によるし、僕だってこんなことが通り一辺倒すべてにユニバーサルに通用するだなんて思ってないのに、そういう風に考えている人間だと僕のことをみなしていく。


そういう極端な枠にはめたほうが考えやすいから。




きっと僕の言い方とか、「その先」に関わる部分で批判があるのかもとも考えてはいるけれど


理屈と感情を水と油みたいに分ける考え方も、結局「理屈っぽいやつは感情を大切にしない、だめなやつだ」っていう単純化。



感情をカウントに入れた理屈っぽい考え方なんて、それこそこの世の大半なのに。





僕も口が悪い。昨日も友人と話している際に、「~は思ったより頭が悪かった」といった旨の発言をしてしまった。


一体何様のつもりなのかと思ったくらいに、自分自身の愚かさを感じていますよ。


あんな強い言葉で意味するほどの内容じゃなかった。良し悪しとかではなく、思った以上に「思考回路が違っていて」お互いに噛み合わない部分があったという意味合いでしかなかったのに。



主観的な批判になってしまっていることは、悪いところだ。







自分の味方であってくれそうな人からも、同じような批判をぶつけられて。

でも結局それは僕自身が考えてきた範疇から出るものではなくて。

だからそこから先が聞きたくて「こうこうこうだからなんだけど、それでなんで高飛車に見えるんだろう」とかいう類の形でそれに対して意見を言ったら、「ほらそれ」と言わんばかりに「素直に認められないプライドの高いやつ」認定される。


僕は意見を否定しているわけではなくて、ただ聞きたいだけなのに。

もしかしたら批判的意見をもらったから、「そんなことない!」っていう自己防衛反応みたいなものが声色には出ていたかもしれないけれど、でも口にはしていない。





本当に、普通に話しているだけなのに、「あなたは間違っている」と言われている。




これは、存在否定なんだな。






頭の中で考えていることと、「あなたはこういう考え方をする人だ」と言われることが全然違うなんてことは普通だと思うけれど。




頭の中で考えてもいなかったことで否定されるなんて悲しすぎる。




解ってくれない、なんて幼稚なことを言うつもりはない。




結局解ってもらえない僕に原因があるんだろうから。





でも伝わらないもので。




ここ5年くらい、小さなことばかりではあるけれど同じ類の事態に直面するたび、少しずつ傷は増えてきた。



自分がどう見られているか、その判断が理不尽なものに感じるときもある。


「あいつは嫌なやつ」なんて陰口叩かれてるかもね。



言いたいことがあっても、「みんなが言ってるからきっと君に原因があるんだよ」



そんな空気に押しつぶされるんだろう。



実際、みんなが言うならなにかしらはそうなんだろうなとは思うけれど。



ただ僕は同時に、発言者本人たちにも自らを省みる力があってこそ重い一言だと思う。



発言は自分に返ってくるということを理解していれば、その発言を重く受け止めたいと思うよ。



それだけぐっと心の中に持っていても、やっぱり怖い。





周りに味方が一人もいないこと。


自分の理解者が、自分を含めても、いないこと。



今まで生きてきた自分自身を、否定されること。









そんなに俺って間違った生き方してんのか。




久々に辛い。
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