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製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

勢いの痛み

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はてさて。





こんばんは。





今週末は山梨まで行ってまいりました。




富士山のきれいな写真取ったんですがめんどくさいのでアップしてません。




何の縁からか、社会人サッカーに助っ人参戦させていただきました。



久しぶりで、助っ人なんで全試合フル出場で、なんなら一日目まったく寝ずに朝からぶっ通しで。





かなりの疲労が。




夜は酒飲んで、次の日また試合して。




結局かなり負けましたけどね。




久しぶりにサッカーをやって、自分の多面性に改めて気付かされましたよ。




気持ちが昂ぶるとすごく攻撃的になります。




こちらに対して態度の悪いプレーヤーに対して徹底的に潰しにかかります。



悔しさをかなり押し出します。


わめくし、叫ぶし。



執着するし。



特にピッチに立っている間は自分でもキャラ違うなぁと。



特にスイッチ入っているときは本当に。



後輩たちとの小旅行、そこそこに楽しみました。



とりあえず今日は筋肉痛。



死ぬほどきつい。







自分は鏡のような人間だな、とふと思った。


言葉遣いはリアクションで変わる。


どの人に対しても自分なりの接し方しかしないけれど、相手の態度がこちらに対してすごく攻撃的だとものすごく攻撃的になる。


でも、それって誰でもそうだなとすぐ気付く。




つまり「他人は鏡」というのがとっても普遍的な台詞であるんですね。




人は他人を通して自分を見る、それはあながち嘘ではないんだと。




名言は普遍性を持つから、時代を超えて真理であると信じられる。



時代によって違うものは数え切れないほどに存在するけれど、どの時代にも繰り返される物事も少なからずある。



往々にしてそれは人の心や認識に関わる部分である気がする。



普遍性は時代性に拠らない部分であるから、「人」という存在は根源的にそれほど変わらないということ。









ツイッターでもつぶやいた。


「見た目は地区予選で、性格は甲子園」


正論だよね。


見積もり方のバランスに議論の余地はあるけれど、位置づけ自体は間違ってないと思う。








納得できないことの多い人間は害悪なのか。


それは何にとって害悪なのか。



そういう人間が生きていくのは平均よりもエネルギーを使うのだろうか。



僕は別段そんな人間でもないです。と思っていたいです。


文句は多いかもしれませんけど、半分以上ネタですしね。



納得できないことに納得する感覚は共有が難しい。



あと、思うに「理解しがたい思想・ルール・行動」を粛々と受け入れることが成長だというのは勘違いだろうなと。


矛盾したように聞こえますけれどね。


矛盾はしていないんです。



自分では当然と思っている不文律は、思った以上に世の中には溢れてはいない。



初めのうちは、「自分の考え方は少数派だ」なんていうのはむしろ気取っているように感じたし、実際まさかそんなに共有できていない思考だとは思ってもいない。



本気で「みんながある程度そう理解している」と考えている中に自らの異質性を発見すると、それが自分の核に近い部分で、周りとの摩擦の部分なんだろうなというのが真実味を帯びて見えてくものです。




はてさて、普通に生きているつもりなのに変な目で見られる皆様、多分誰もが同じような視線を感じながら生きておられると思いますが、その視線の質はそれぞればらばらなのでしょうね。



感情とは一筋縄ではないね。








今日はこの辺で。


すみません、曲は割愛します。




ではまた。
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