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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

ANIMAL

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えーと


あけ。。。。。まして?


前年から何も書かない素敵さ。


とりあえず一個あげておきましょ。

引き続き、ちょっとライフスタイルを変えながら。

◆とりあえず辞めることにしました。(次はいろいろありがたいことにお声がけいただけるんですが、よく考えようと思ってます)

◆ライブやりました、久しぶりに。
その中でもまあ、普通くらいの出来のやつを貼ろうかと。



◆ドラム教室に入りました(前回と別のやつ)
敬愛するpeople in the box山口大吾御大が毎月やってるやつ、定常的に行けるようになりました。

◆サッカーを定常化
チームに参加しました。実に10年以上ぶりにチームに所属して邁進してまいります。

あとはまあ、なんとなく考えたEvernoteシリーズでも落としていきます。




[幸福度と熟練度の科学]

幸福度は主観的なため、画一的な定義がしづらい。
可視化することも難しいし、多面的になりやすい。

ある程度の規模感でいえば人間は画一的な生き物のはずで、「人類」としてくくられるだけの共通性があるはず。
遺伝形質しかり、行動の指針しかりである。

育った環境は思考と思想に大きな影響を及ぼすけれども、「特定の環境では特定の思想に染まりやすい」という”傾向そのもの”は共通である。

傾向を見出せるのであれば、最大公約数的な幸福は語れると思われる。


資本主義社会
日本
ビジネスの世界で生きる
7年目くらいの社会人

という前提条件の視野で見える幸福度を、熟練度という観点から考えてみる。

※ポイントまとめ※
上記条件下では、幸福度はまず生活からだと思える。
生活がずたずたでは自己実現に思考が及ばない。

「仕事」=「生きる糧の大半を占めるもの」と捉えたら、選び方は

生活の充実=物質的な豊かさ
生活の充実=精神の充実

これを満たす両面において考えられる。

※生活の充実だけだと詐欺も肯定することになりかねないが、個人の精神性の問題として今回は単純化している。

生活の充実を掲げる中で、昨今「好きなことで生きていく」というスローガンもある。
私見では好きなものだけを選ぶ、というのもお勧めしない。社会的に認められることの効用は普通の想像よりも大きいだろう。
かつ生活に跳ね返るものは得てして抗いがたい魅力をはらむ。端的に金のことではあるけれど。
そもそも「好き」をどう捉えるかの問題でもある。
単に好きになるもの以外にも、得意なもの・長く続けられたもの・熟練したものは結果的に好きになりやすい。
(鶏卵の論理ではあるがスタート地点は自分で決められるため、ある意味どんなものでも好きになれる=幸福度にはつなげられる)


何が好きだったか、自分がやっていることに誇りを持てるか、幸せか、やってきてよかったか、などは実は正当化できるもの。
人はみな自分の人生を正当化して生きているので、正当化することを怖がる必要はない。

自分の感情に矛盾しない正当化をできるもので、得意なことから選んでできるだけ熟練して「好き」にしていくと、

得意=成果が出せる、認められる
熟練する=必要とされる、見返りが得られる
好き=やっていることが苦痛でない、見返りをもらいながらも幸福度が高い、さらに高みを目指したくなる

というプラスのサイクルを生み出せる。これは最も幸福度が高く再現性の高いことなのではないだろうか。
選んだ内容が自分の価値観や感情に矛盾しないものであれば、選ばなかったものを悔恨の目で見てしまうようなときでも、今選んだ内容の充実度から容易に正当化ができるため気持ちよく日々をすごせると考える。


そういったもの全部無視しても、どうしても努力を諦められないジャンル・実現したいビジョン・賭けてみたいなにかがあるとしたら、それはすでに得意になれる第一歩だろうし、なにより幸福度の源泉をすでに手に入れているということなので思う存分邁進すべきだろうと思う。







相変わらずよくわかりませんね。


2019もよろしく。

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