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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

その功罪はあるにせよ

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こんにちは。


こんばんは。


おはようございます。




入社目前。




何があるわけでもなしに無駄に緊張しています。





今日も再び、独り言。








前回書いてから、何書いてなかったかな、と思い出してみる。



3月中旬に伊豆方面、熱川に行ってきました。


温泉でございます。


海沿いを爆走。最高に気持ちよかったです。


特定の音楽を聴くには最高のシチュエーションのひとつ。



ですが、渋滞が多くてね。



熱川まで下る国道が特に、工事ばかりでね。一車線のみとな。


疲れた疲れた。



ついたホテルは海がすぐそこ。



温泉は内風呂より貸し切り露天風呂のほうが断然綺麗だった。



夕食時に飲んだみかんワインがおいしくて飲み易かったで(むしろジュースみたい)、次の日に販売所へ。


お土産買って、帰りはさすがに同じ工事集中地帯を通る気にはなれなかったので、南下したのち沼津へ回って行く事に。


目的もなく下田まで下がったのだけれど、実は河津がちょうど通り道で、国道沿い、川のすぐ横を大層きれいに咲いた河津桜を見ながら北上。



天城山を天城越え。



沼津で沼津港に寄り、おいしい海鮮で昼食。鯵がうまい。最高。


のち、ローカルの珈琲ショップで一息ついて帰りました。



帰りは沼津から2時間半。行きにかかった時間が長すぎました。



で、先週末は箱根に行ってまいりました。



僕の就職祝い、という名目の家族旅行です。



家族5人が揃って出掛けるのは久々。多分6、7年ぶりくらい。


横浜中華街で昼食、旅館で風呂入って、アホみたいに酒飲んで。



次の日は箱根ガラスの森美術館。意外としっかりしてて楽しかった。まあ入館料高いんですけどね。


すごく既視感があったのは多分気のせい。



帰りは国府津で降りてたまたま見つけた定食屋で再び「鯵」。




いやぁ、鯵はうまい。



そんなこんな、ゆったりとした熱川旅行、家族旅行でした。



もうイベントも尽きて、気持ち整えるだけですかね。









アメリカのときと、というより今までと同じ種類の葛藤が今また燻り出している。



自分のキャラクターというものを理解しているつもりだけれど、理解とは無関係に葛藤は生じるもので。



生活における葛藤です。

性質は能力的な葛藤とほぼ同じレベルのものなんですよね。他人を見て焦燥感を感じる、違いをネガティブに感じるという点で。


閉鎖的なものと開放的なものの、どちらがよろしいのでしょうか。


そういうものではないと、本質的な意味合いは、わかっておるのです。



自分の持ち合わせる両面が、どちらがより強く表出しているのか、はっきりと捉えられていないのかもしれません。


小学生の時分は、図書館で本ばっかり読んでいました。でもサッカーをやっていて、外で友達と遊んだりもたくさんしていたわけです。



中学のときも似たようなもので。



高校はサッカーばかりですが。



閉鎖的な自分については多分認識がはっきりしているのでしょう。


外に向かい自分の欲求がいちいち葛藤に変わる。


ああでありたい、こうでありたいと、人とのつながりを求める形があるのはわかるのですが、そうなりたいと向かう自分が苦痛を感じているのはどういうことなのか。



この世に、世界に、自分を解放していくには何でもかんでも広くなけりゃぁいけないのだろうか。



狭い世界で生きていたくはないけれど、狭い世界のすばらしさは知っている。


根付く力やその独特の、個々人にとってのユニークさ。



だからなんとか、狭い世界を広い世界への旅路に持って行きたいのです。






大きな話から小さな話まで。悩みというほど出ないけど、小さな葛藤にはなるのでしょう。



友達関係とか、交友関係とか、自分の位置関係とか。



結局は「人とどう繋がってるか」でしか物事を判断できない臆病者なんですが。


それが重要であることを否定はしません。



ただ、それ以外に目が向けられなくなるのが怖いだけ、です。




閉鎖空間の自分においても、常に穏やかに平穏でありたいと願います。






さて、曲。





三人組のバンド、ウラニーノ。


長いことやっております。彼らの歌詞は庶民派で共感しやすい。



そういう意味ではメッセージバンド。



なんだか自虐なのに勇気付けられる気がする、そんな歌を歌います。




人様に捧げる歌、という自虐曲です。



ぜひご一聴を。




ではまた。





せめて人並みであれ





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定義と自覚

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こんばんは。


こんにちは。



もしくは、おはようございます。



今日は短め、単発の社会考察。



ユニクロが発表し、実行している「大学1年からの採用」。


究極の青田買いという声も聞かれますし、倫理憲章無視の現・就活事情が、企業側の論理でもって合理的に採用を進めてきた結果であるならば、ユニクロのこの選択は極端ではあるにせよ合理的であるのでしょう。


yahooニュースか何かでこの件を取り上げ、大学のシグナリング機能、つまり学歴が能力証明書として機能するという側面について言及している記事がありました。


リンクは貼りませんが、検索すればすぐ出るかとは思います。


なるほど、と思いました。


大学の教育機関としての機能が疑問視されて久しい昨今において、もはや「就職予備校」「就職斡旋所」と揶揄されてもそれほど的外れでない状況は確実に存在します。



それは十把一絡げに出来るものではありませんが、存在はするのです。



そこに着目した、というわけではないのでしょうが、「○○大学に入れるだけの能力を持つ」というシグナルを利用し、かつ四年間を「教育という名の下の堕落」で無為に過ごさせないための方策としてこの採用方法は効率的なのでしょう。


企業側からすれば、最初から「就職をするためにつぶしのきく学科に入る」ような、大学での教育そのものに目的意識を持たずにはいる学生に対して、それならば高卒の時点で就職の切符を渡してしまうのはとても合理的です。


就職することを目的として大学に進む人についても同様のことが言えるでしょう。


かといって高卒、では「○○大学には入れるくらいの頭はあります」というシグナリング機能が働かないので、大学一年生を、ということでしょうね。


辞退することも可能なようですし、選択権自体は学生側にある分、企業と学生のwinwinであるのかもしれません。アパレル業界、特にユニクロへの就職を大学入学時点で特に希望している方にとってはことさらにそうなるでしょう。



僕自身は、このやり方自体にどうということはありません。




企業側からすれば、当然の施策。



選択権があるので、大学側からも特にどうということも無いかもしれません。



僕が懸念がするとすればそれは、社会的な動きです。




ユニクロほどの大企業、社会的な影響力は計り知れません。後追いの企業が出てくる可能性は大いにありますし、採用活動のスタンダードとなる可能性もあります。



そうなったときに、位置づけが変わる人間というのは当然出てくるのです。そしてそのときに表出する現実は、「合理性」によって「本質」を排除するでしょう。まさしくそれが現実というものだからです。

具体的に言うと、大学の教育機関的側面が形骸化し、就職予備校的側面が強化されていく。その結果、現在の「学業の大学生」と「就職猶予期間の大学生」の扱いに差が出る。



究極の青田買いの結末として、4年間大学生をまじめにやる人間が就職活動というフィールドにおいて不当に扱われるのではないかという懸念です。



この不安の根拠は、現状の新卒制度です。



採用活動過程の人数から考えれば合理的ですが、本質的には不合理。院卒が使いづらい・採用しづらいという一般論もそういう面を言い当てているものです。



社会的な動向はどうにも流れが大きすぎてどうこうなるものではないですし、一度出来上がってしまったシステムは大勢を巻き込めば巻き込むほど壊すのが難しくなります。


「本当は違うと思うけれど、現状どうしようもない」
「ほかもみんなそうだから、うちだけ変わっても仕方ない。変わるなら全員一斉に変えなければ、うちだけ損をする」


そういうものです。




大学の形骸化に拍車がかかったり、教育機関としての機能が失われていくことの無い様に、祈るばかりです。



あと、目的意識から見たとき、就職のために大学に行く人は圧倒的多数だとは思います。ただそれも分類の仕方の問題で、考え方次第という部分があるので、そういう点は言及しません。以前のブログ記事で、「共同体における[願望]の最適化」という形で目的意識の捉え方を考えてみたものがありまして、そちらに若干関連していたりします。


本文内で言っている「学業の学生」は、就職目的であろうと何であろうと、大学の教育機関としての機能であるところの学問・学業をしっかりこなしている人間、自らの興味関心あるいは目的のためにそれらを遂行している人間をまとめて指していますので、厳密に定義づけしているわけでは在りません。

さらに言えば、大学で勉強しない人たち、「大学で四年間を過ごし卒業した」というシグナルのために通ってらっしゃる方々を批判する意図は一切ありません。全然悪いと思いませんので。



ま、この話、反対することもないけれど、嫌な感触はどことなくあるというそんな感想です。







「大人」も「子供」も、言葉だけではいつまでも都合のいいものよね。


求められるものや社会的な位置づけって言う意味での暗黙の了解は分るけれど、結局それは誰もが斜に構えてみたくなる「常識」というやつでしょう?



大人であること、大人になることの定義づけは結局自己によるし、そうであるべきだし、そうだと思う。

だから一般社会で使われる「大人」という言葉はすべて、「社会人」に置き換えて、置き換えられないものについては価値観の相違について再考してみればいいんじゃないかな。


「大人」は「社会人」と同義ではないよ。



定義付けが済めば、自覚が生まれる余地もあるというもの。


「子供のままでいたい」

「大人だね」

「大人なんだから」

「子供みたいなことを言うな」


そういう言葉の裏側にある通念みたいなものが嫌いだ。

定義が間違ってるんだよ。


俺は個なんだから、個に対してぶつける個から出た言葉であればかまわない。


「誰」にとって「大人」で、「子供」でという話。



自分自身のありようを見て、どう在りたいかを想って、自覚して、となるんだろうね。


その在り様がどう他人に映るは、またその先の話。



駄文でした。



さて、曲。



インディーです。五人組ロックバンド。suck a stew dry。


シュールな感じにアイデンティティについて歌います。2時2分。


割とありそうな感じだけれど何かしらツボ。いい感じに劇調。



ではまた。



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スペースシャワー列伝 Japan tour 2012

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おはようございます。

こんにちは。

こんばんは。



本日は久々のまともな記事。


音楽です。



先日赤坂ブリッツにて行われたスペースシャワー列伝Japan tour 2012 ファイナルを観てきました。




赤坂ブリッツ、僕の職場から歩いてすぐのところで、これはチャンスがあれば今後何回か来ることになりそうなところです。


やはり有名なだけあってそこそこ大きかったです。キャパでいうと浜松の窓枠以上、zepp以下。

ハコとしては大き目という感じですね。


まず一発目はthe SALOVERS。


まず若い。そして垢抜けない感じがすごくする。

リズム隊もいまいち甘いし、全体的に構成は簡単という印象でした。その理由は後からわかるのですが、彼らはなんとまだ19,20の若者。


ライブ慣れしてるだけあって堂々としたステージではありました。ボーカルの子はニュースキャスター古舘伊知郎のご子息だそうです。

ネームバリュー一切無くて充分なバンドですね。


曲の印象は、メロコアという感じではなく、パンクでもない。かといってandymoriのような感じまで振り切ってる独自性も無かったなぁ。サンボや銀杏をどことなく連想しました。歌詞の内容が、というわけではなく、ポップはポップだけれど曲調がそこまでそっちに落ちていかずに、なおかつボーカルの声が少し荒めでフラットに走るのでそう感じます。

青臭さを全力で叫ぶバンド、the SALOVERS。 初期衝動を何度でも、という言葉にはバンドの意思を感じます。


次に出てきたのはOverthedogs。通称オバ犬。


これはもうわかりやすいです。ポップ。ひたすらにポップ。バンドサウンドのきらきらポップ。


歌詞の内容もきらきらしてます。

この対立項はよく荒れるので使いたくなかったのですが、初めてライブ中にRADWIMPSと重なる部分を連想したバンドでした。


演奏力や総体としての楽曲のタイプは全然違います。用いる音のタイプも違います。


ただボーカルの女性的な声質、ハイトーン、「僕」と「君」の自閉的な世界が歌詞の基本構成要素になっている点などが初期のRADを連想させたということですね。そのポップネス含め。


ボーカルのパフォーマンスがきも面白い。なんだかうねうねしてて売れないアイドルみたいだったけれど、すごく慣れていて、あえてシュールな感じに動いているというか、分っててああいう動きをしているという印象。Quietdriveのケビンを思い出した。


楽器陣は総じてうまくて、コーラスも良い。ここのバンドのドラムがプロフェッショナル然としてて、技術的な水準が高いんじゃないかと感じていたんですが、どうやらサポートでoverthedogsのドラムではないようです。


と思ったらSchool Food PunishmentのドラムでStereo Fabrication of Youthでも叩いておられる比田井修さんでした。なるほどねー。



次が期待していたクリープハイプ。


いっつもライブは前フリから始まるようで、ボーカルの尾崎世界観が意外としっかりMCするというね。


オバ犬の恒吉氏とは違った突き刺さるタイプの悲壮感があるハイトーンボイス。 


最近は中性的なハイトーンボイスが人気なのかしらね?



「新世代ギターロックの星、クリープハイプ、始めます」という自画自賛の始まり方。いいなぁ、


こういう台詞回しで始めるとなんかテンションがぐっとあがる。プレリュード的です



曲はまさしくギターロックらしかった。同一視するつもりは無いし、本人がそこから影響を受けてると考えているわけでもないが、やはり新世代のart-school系統かなと。


ダーク、ソリッド、そういう面でthe novembersあたりを思い出したので。


歌詞の言葉遣いが現代的である。その意味で内容ではなくその言葉遣いが好きでないことはたまにあるけれど、聴ける曲が多いし、ギターが良いかな。



新曲は一瞬メロコアっぽかったけれど、やはりクリープハイプ感は失われなかった。

he is mineの掛け声はまあ品はなくともライブ観てる人は非常に楽しい。


かっこよかった。




トリはアルカラ。以前紹介したとおり、「ロック界の奇行師」を自称するバンド。

ギターロックですが自由度が高く、あほなことでもかっこよく、かっこいいことでもあほらしく、最終的にはかっこいいという音楽で人気上昇中。


変則からストレートなJロックまで。本当にライブバンドですね。


ボーカル稲村氏が神戸出身のその手腕を存分に見せ付けます。とにかく笑いを取ります。しゃべります。


笑わせます。



彼らのライブはMCも、フェスなんかの転換のときもすでに楽しいです。


そして演奏力も高く、盛り上げ方を熟知していますので、ライブは大盛況。


今回はファイナルということもあり、アンコールで出てきたアルカラは稲村さんの鶴の一声で「列伝48」となりました。


でもスタッフや出演バンド呼んでも19人、ということで民衆から徴兵。



前列にいる観客の皆さんもステージ上に上がり、最後はアルカラの交差点でみな大盛り上がり。



総じて、良いツアーですよね。


メンバーも良かったし、良いライブでした。


さ、次はpeopleのファイナルだ。



楽しみ~。




ということで曲。




せっかくですので、四つ。


歌詞は割愛させていただきます。

the SALOVERS で SAD GIRL。

OverTheDogs で みぎてひだりて。

クリープハイプ で HE IS MINE。

アルカラ で キャッチーを科学する。


素晴らしい。


特にクリープハイプとアルカラはオススメ。


ではまた。












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生命境界プログラム

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書かずとも過ぎ去る時の速さよ。

どうもこんばんは。


ついに到来。花粉の季節です。



地獄を見ています。


さて、今日も独り言、独り言。





時系列。

2月末日に母上の誕生日。何をあげたらいいかいまいち思いつかなかったのでめがねケースを買ってみたらタイミングが良く、ちょうど使っているものが壊れていたことで意外や好印象。

良かった良かった。

4日は親父殿が急遽仕事でチケットが余ったとのことで母上と芝居を観に。


井上ひさし原作「ゆきやこんこん」でした。



すごく声が出ていて、ちょっと現代風な台詞回しがあったりもして、楽しかった。意外や、原作が古くとも笑える部分っていうのは分るもので。


もちろん僕の年代の感性で「おもしろい」んではなくとも、「面白い」ことはわかるのです。やはり観客は年代かなり上の方が多かったです。


6日は家庭教師ラスト。テストの出来が非常に不安だが、もう僕の手を離れるので頑張ってもらうしかない。


家庭教師としてのこの一年の経験は、一度は選択肢としてあげた教師という存在について、教育というものについて今一度考えるいい機会となりました。

教師って、意外とその専門教科・学部で「優秀な」人はならない傾向がある、と在学時に気付きました。僕自身がそうであったように、選択肢で「逃げ道」のひとつとして確保するパターン。


結構な暴言かとは思いますが、これは事実です。英語に限って言えば客観的データで裏づけも取れます。

別にこれは教師になる人はみんなまともじゃない、と言っているわけではありません。

志を持って教師を目指している方はたくさんいらっしゃいますし、そういう方々は概して成績優秀です。



考えたのは、教師という職は、志を持って・自らの成長を止めることなく・教科の枠を超えて「教育」を考えることの出来る人間でなければなかなか本当の意味では務まらないということ。

本当はそれくらいハードルが高いんだということ。



現状ただやるだけなら僕みたいに家庭教師1年だけやるのも教師です。

ただ僕は自身を教師とは呼べない。そこに特別な何かを持たなかったので。

意義を見出すことに費やす時間は貴重だと思います。





バイト先の送別会がありました。少し前までいた店長と代行(今は別店舗で店長)がサプライズで来てくださったり、いろいろもらったり、楽しい会になりました。

こっちはこっちで中途半端な出し物をやってみたり、とね。


本当に居心地のいい職場で、本当にいい人ばかりで、恵まれました。


ここを離れても、付き合いが途切れないようにしたい。


こんな僕を受け入れてくださった皆様に感謝。ありがとうございました。





ぼーっと寝る前に考えていたことがある。


「生物と無生物の間」というタイトル。たしか福岡さんの本だった気が。


内容はまったく関係ないんですが、タイトルからの連想で、妄想をしておりました。

生命、有機体というのは超高度にプログラムされた存在であるのではないか。


僕はまったくの素人で、化学、物理、生物、生命科学、細胞、遺伝子その他一切についてまったく詳しくない。


だから専門的な疑問は一切排除された単なる妄想なわけです。


果てなく物質を細分化していけば、現代科学では素粒子と呼ばれるものに行き当たるはずなのです。

すべてのものの組成は素粒子にぶち当たる。それを考えるならば、本質的差異は生物・無生物、有機・無機には存在しないのでは。

つまるところ素粒子の、その上位の原子、そして分子の組み合わせが物事を決定していく。それはつまり超高度なプログラムです。


生命というのは素粒子、原子レベルから絶妙にプログラムされ、超絶カオスな複雑系。


人間が非生命を使って模する生命であったりプログラムというのはつまり、土台が生命としてプログラムされていないものを使ってプログラムしようとする行為で、ひどく難しく、遠回りで、そして再現度が低くなるのです。


買ってきた2000ピースのパズルを組むのでなく、目の前の大きな石を削り・形を整え・2000ピースのパズルとして作り変えようとし、それを組む行為です。正確なたとえではありませんが。




ということは、素粒子物理や量子力学といった自然界の最小単位を扱う学問が進めば進むほどに、生命の研究も進んでいくんじゃないのかなぁ。



と、いう妄想でした。








のらりくらりと生きております。


自分の性格は理解しているつもりです。客観性や論理性といったもの。



だからこそ、直感を大事にする、という生き方をしています。


一見正しく見えることにも、正しく聞こえることにも、正論だと思えても、違和感が拭い去れないときがある。



それが僕の直感なんでしょう。

「釈然としないこと」「納得できないこと」「違和感があること」


それをそのまま放置しないことが、僕なりに直感に沿って生きるということだと思っています。


何も考えずに「こっちだと思ったから」というタイプの直感の従い方ではないんです。


なぜそう感じたのか。


そこを考え抜くことが、自分の価値観の理解につながる。


そうすることで、揺るぎない「自分」というものを確認しながら進む。

頭で考えて 体で動いて 言葉で伝えて

そして心に従って生きる。


すごく当たり前に聴こえるけれど、すごく大事で、見失いやすいものだと思っています。



震災から一年が経ちます。



相変わらず考えることはありますが僕はそれを言葉にしようとは思いません。


様々な意見価値観があるでしょうが、僕自身がまだ、言葉にしていいと思えていないからです。



何も変わらない。それがどんな意味を持つのか、わからないままで。


震災を含めずとも、何かにつけて哀しさと無力感だけはぬぐえぬものですね。



曲。



説明を書く気力がないので、説明不要のものを。


Oasis。 whatever。

1994のリリース以来アルバム未収録のままということです。


この世界でマスターピースと言える楽曲のひとつだと思います。

言葉も無いね。


ではまた。




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衆愚と腐敗と葛藤と

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カテゴリというものが形骸化しつつある今日この頃。



こんばんは。



三月になりました。



さらっと、思考の流れと日々の揺れを。






浜松に続いて、横浜Club lizardにてpeopleのワンマンを観てきました。


果たして観たと言っていいのかは謎。



バイト終わりに車で直行したのです。開演まで2時間でぎりぎり間に合う算段だったのですが。



初めての首都高。微妙に渋滞。


そして多すぎる分岐。 多すぎる車。 多すぎる合流、


溢れる恐怖。



降りるところ間違えて、ずるずる、東名高速方面まで走り続けてやっと方向修正。



どうにか横浜着きましたが、そこから準備不足が本領発揮。 ライブハウスの正確な位置がわからず、さらには駐車位置がいまいち決まらず奔走。


というか迷走。



結局着いたのは8時半。


アンコール3曲だけ聴きました。



まあセットリストは基本ツアーを通して同じで、アンコールのみ微妙に違ってくるみたいなのでいいかな、と自分を納得させました。


バースデイをライブで初めて聴けたのは大きい。


何事も経験ですな。首都高一回入っとくと、次への心の準備が出来ます。



とりあえず、下調べめっちゃ大事。コレテストニデルヨ。






火曜日には会社のキャリア室長との事前面談。


溜池山王に無事移転完了した模様。


これからの僕の勤務地となります。駅から直接入れるのは便利だなぁ。



新しいオフィスで、ここがこれからの戦場になるかと思うと、沸々と沸きあがるものがあります。


楽しみ、と言っておくべきかな。





23、24の一泊二日で兄弟3人、親父の実家の福島へスノボーに行ってまいりました。


いやー、楽しかった。兄貴が結構うまいもんで、いろんな技をお互いに研鑽し合いました。主にグラトリですけどね。


2日目、キッカーを求めてボードパークに入り浸っておりました。


大小(というより中と小)含め7つほどのキッカーが連なるパークでひたすら飛びまくりました。



恐怖心に打ち勝ちながら、時に体を打ちつけ、時にバランスを崩しながらも着実に上達しております。



小さめのキッカーで180ならほぼ確実に決められるようになりました。



しかし誤算で、大き目のキッカーで転倒した際にどうやら肋骨をやった模様。



そのときは痛みを半ば無視して半日くらい滑りきりましたが、家帰って次の日から今まで、この一週間でまったく痛みは引きません。



でも保険入ってないので病院には行きません。



たぶんひび入ってると思われます。



肋骨折るとこんな感じ、っていうのを初めて体感していて、実はちょっと楽しかったりする。


変態、と言われても気にしません。



新しい経験は大概は(伴う辛さに堪えられるうちは)楽しいものです。






先日、バイト先を退社いたしました。家庭教師2件のうち一件も終了し、来週にはもう一件も終了です。


ついに終盤、社会人生活が目の前です。


今回のバイト先は本当に人に恵まれました。


いい人ばかりで、僕の今までの経験では一番居心地が良かったです。

仕事無くなってにっちもさっちも行かなくなったらまた雇ってもらおうかしら。


家庭教師先のお宅でも、お力添えになれたかは全然分らないですが、事あるごとにいろんなものいただいて、とても良くしていただきました。

誕生日やら、バレンタインやら、最終出勤日やら。。。。。。


本当に予想してないものばかりで、素直に嬉しかったですね。



人生いろんなところでいろんな出会いや経験があって、発見もあるもの。


この一年、目新しさは無かったけれど、でもあえて一年社会人生活を遅らせる覚悟と決断がなければこの一年の出会いや経験も無かったのかなと思うと、面白いものです。



もちろん、この一年社会人をやっていても得られるものはまた違いますけれどね。


これもひとつ、節目ですね。







タイトルに付随する社会批判的思考があったにはあったのですが、忘れてしまいました。


なので、特別語ることもなく、曲に行きたいと思います。



Feederが8thアルバムを発売いたします。

そこからの先行でBordersがyoutubeにあがっておりまして、こちらをヘビロテ。


ニューアルバムでは、おそらく日本人ベーシスト・タカさんの交友関係でしょう、the hiatusの細美さんやAKGの後藤さんらがコラボで参加しております。カバーや日本語訳バージョンという形みたいです。


feederは昔から大好きなUKバンドで、そこに自分の好きなバンドのボーカリスト二人が繋がってくるということにいたく感動を覚えます。



今回の先行PV Bordersは、どうやら逃避行的な歌詞が「街からエスケープする」ことと「現実からのエスケープ=自殺の暗喩」であることでダブルミーニングの様相。


シンプルなのに奥が深い、グラント独特の響きのある詩的表現。


ぜひご一聴ください。



ではまた。



She's always trying' to work it out
Sitting' in a parked car
Music on the stereo is blaring out
Shutting out the world
People always say 'what you gonna do now'?
Are you gonna go far
Gonna follow your heart, Til it stops
She could never say why
'Cos she's leaving tonight
She would never say why
'Cos she's leavin'

Jessie always wanted, to get away
Tried to cross a Border, Head out to the lakes
Life beside the water, Blinded by the sun
Jessie are you gonna leave now?
Are you gonna leave town?



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