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本棚に落書き

製造業/事業推進/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

妄想の「今」は

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こんばんは。




直感的に一年を終えようとしております。



年末どうせばたばたして書かないんだろーなーと思いつつ、今さらっと更新。




だからと言って特段書くつもりもなく。垂れ流しで。










ぼけーっと見ていた映画で「乱暴と待機」というのがある。



ぼけっとしている休み時にさらっと目に入る映画を流れで見ることが出来るのはwowowの利点。



タイトルでなんとなく予感はしていたんですが、原作劇作家の方が「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」の方。


まあヒロインがどことなく好みだったので見ただけの映画ですが、意外と惹かれる部分もありました。



なんか原作のイカレ具合がいい感じです。妙な空気をはらんでいて、独特でした。



そしてついさっきサマーウォーズを見ました。



批判の争点になる部分がものすごくわかりやすいぶっ飛び展開、なんかテイストがいい感じなだけにもっといい作品に出来た、というかテレビシリーズにすべきだった。とりあえず雰囲気だけは「夏の日のリア充爆発」ということでいいんじゃなかろうか。




何が言いたいかって言うと、こうやって全然意図していないときに素敵な映画を発見できたり、なんとなく見たかったけど行動には移していなかった映画を見たり、ライブや知らないジャズ聴けたり、ドラマ見れたり、スポーツ見れたり、ドキュメンタリー見れたり、BSおよびWOWOWは最高だということです。








理性は人の中枢では有り得ないし、合理性は何も救わない。


さんざ合理的で論理的な流れでもって会話をする僕の、哲学のひとつです。


「良心は生存適応の結果発生したもの」

「良心という言葉を使うからいかがわしくなる」

「性悪説を語るのなら、進化の論理は真逆を指し示す」


ゲーム理論の初期段階、複雑性を獲得する前は利己判断は発生しえるけれども、事象を重ね続けて状況が充分に複雑になってからは、適者生存に利他的行動がトータルバランスとして組み込まれてくる。

利己行動との間に生命的なレベルで「コスト差」が生じるから。


色々わかんないこと言ってますが、割と面白いアイデア。言語学的な話からこういう話が出るとは。


今読んでいる小説が僕に語りかけてくる面白い妄想たちです。








さて、曲。



ひっさびさにカオスなのを貼りますよ。



バンドもカオス。歌もカオス、PVもカオス。歌詞もカオス。


狂っとる。しかし天才だと言わざるを得ない。


こんな音楽性を持ちたいとは思わないし、こんな音楽が作りたいとも思わないけど、リスナーとしてこんな音楽が在ってほしいとは思う。


最初のギターフレーズに歌をのせていくのもすごいけど、歌い方もメロディもとにかく不気味で怖い。



タイトルとのマッチ感がすごい。



とにかく一度お聞きください。



PVと一緒に。



絶対某和製ホラー映画を思い出しますので。



ぜひご一聴を。


八十八ヶ所巡礼で、仏滅トリシュナーという曲です。




ではまた。来年にでも。よいお年を。




よく嗤う君の妄想気味で 凶暴な趣味を知った
渦巻状の無限ミネラルを 押し付けることって
酔っ払い 取っ払い 掻っ攫ううちにわかる
呆気なく 容赦なく 酔っ払い主義を叩き込む此岸




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once in a blue moon

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おこんばんは。




書こう書こうとして、結局書かずに今に至ります。




もうこのまま引き伸ばすのもどうかと思いましたので、簡単なメモ書き走り書き程度に更新をしておきたいと思います。





タイトルは青い月を比喩表現に用いた、「とっても珍しい」「滅多にない」「有り得ない」というような意味の英語表現。有り得ないの方がニュアンス的には強いかな。


そんな名を冠した曲がピロカルピンから発売され、ついこの間そのレコ初ツアー一発目を渋谷WWWにて観てきました。



初ピロカルピン。




ライブレポは時間がかかるので割愛。




ライブ映像で見ていたよりもボーカルクオリティが高く、伸びのある声でした。




演奏レベルは、もちろん彼らもプロですからうまいに決まっていますが、プロではおそらく普通。もっとうまい人はいくらでもいる、というくらい突出したところがなかったですね。ドラムの荒内さんは加入し立てのようですが、前の人よりうまいかも。


いくつかフレージングが変わってて、微妙にグルーブが違うなぁと思っていたら違う人に変わってたという。顔知らないから仕方ないですけれども。




年内のライブは後はカウントダウンだけかな。




来年のピープルが楽しみ。











論理は意思疎通の前提で、感情は価値観の前提であると思う。



グローバル規定とローカル規定のようなもの。



ある種クロスオーバーの対比もあるけれど、そもそもごちゃ混ぜには出来ないね。









好きな空間に浸っているときの静謐なる感覚を覚えておきたい。





言葉にしないこと、意見を述べないこと。



頭の中で考えてはいるし、言語化するだけの中身もあるけれど、特に気にしないというスタイルが発現するときがある。


一種、アーティスティック。理解されないことを恐れない、という点では。




積極的に理解されようとするでなく、積極的に理解の外に出ようとするのでなく、望むままに行ったことの理解を自分の外に委ねていても気にしない感覚なんだろうか。



考える価値はそれほどないと思うけれど。








虐殺器官をやっと買った。小説です。


すっごい期待しているので早く読みたいな。



0年代最高のSFと称される理由はなんだろな。



まさか30代で2年前にお亡くなりになられているとは露知らず。



その意味では残念だ。




今日はそんなとこ。






曲。






まだまだこれから出てくるであろうバンド、keytalk。


やはりこれからの年代の流行になるんだろうか、ダンサブルナチューンにはなってますね。




個人的には直線的かつ立てノリ的なドラムがこのグルーブを生むので、裏打ちオープンハイハットのリズムパターン打ち込みで基本クラブのダンスミュージック的にはなりやすいですよね。



あとはメロディと使う音色の種類如何ですが。




ご紹介の曲、トラベリングはギターのリフが小気味良く、しかもどことなく全体的に古い割りに楽しいというのがぬるっとしたメロディラインのいいところですよね。



メジャーとマイナー両方の感覚のあるメロディってなんだか不思議。




ギターの方が楽しそうなのが一番すばらしいところ。




ぜひご一聴を。



ではまた。





北東線の風を待って
君の合図はアウトロー
上出来さテープレコーダー
かすんだ瞳に目覚めのキスで
枯れそうな息を吐いて
次の一歩はダンスフロア
溶けかけの闇夜はステップアウト



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六畳一間が通る

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こんばんは。




書いた時間が夜なだけであって、読む時間を考慮するならば挨拶をどれにしようと変わりがないことに気付いた今日この頃。


カテゴリが「独り言」だらけになりつつあることに気が付いた今日この頃でございます。









先日読売新聞のコラム欄にある人と小刀についてのお話が載っていました。


その中で、人を傷つけうるその性質の一端に触れて、言葉とそれを対比する表現がありました。


物理的圧力を持って、現実的に・そして直接的に「傷つける」の意味を持つのは小刀のほうなので、小刀→言葉のベクトルで似ていると言うのは微妙なところ、などとどうでもいい瑣末なことを考えながら、その一文はなんとなく頭に残っていったのです。


言葉はかくも人を傷つけ、躍らせ、なおも生かすもの。


伝わるものの質も量も、あまり現実的な物量には拠らないようだ。


「切り取る力」と「撃ち抜く力」を備え、かつ与えるだけの包容力を持つ、そんな言葉を書けるになりたいものです。









the hiatusのa world of pandemoniumを聴いてて、少しだけ直感的に感じたことがあります。



もしかしたらこれが最後かな、と。



明確な根拠もないし、まあそれほど自信もないし。



次のアルバム普通に出してたらそれはそれでもう、予想が外れた程度のことなんですけれども。


その感覚というのは、強いて言うならば「到達」した感があったということ。


姿を変えてきた道筋の完成形に当たる部分を感じたのです。


このアルバムが前二つと比べて特段名盤かと言うと、個人の趣向によります。


個人的な印象は、trash we'd loveは幼虫だった。まだ何になるかは見えてこないし、何になりたいかもわからない。

anomalyで、蛹になった。前作の余韻を残しつつ明らかな変革の途上にあった。

それがa world of pandemoniumで蝶になる。



振り切った、という言葉が当てはまるかはわからない。一枚のアルバムとしては非常に明確なものだと感じてはいます。サウンドの特徴もそう。



アルバムのバランスとしてはanomalyが一番揺ら揺らしてはいたかな。


特にこのアルバムでの「到達」を感じさせたのは、実はアルバム一番最後の曲、「on your way home」だったりする。


それは全体の曲順の流れからもあるし、この曲自体のイントロ、そして歌詞、メロディー、それらが合わさって、ふっと頭によぎったものです。



すっと収束していく感覚。



昨日the hiatus細美さんのアルバムに関する対談を読んだら、自分の予感はそれほど大きく間違ってなかったかなと思うことが書いてあった。


ひとつ、この五人で鳴らせる音、バンドとして極めた部分がある、という話。到達したという点における会話があった。



アルバムタイトルにおけるコンセプトなんかも、やっぱりそういうところなんだと納得したところがあったし。


なんにせよ、音楽は受け取り手によって解釈が変わって当然だし、そこは作り手のメッセージ性とは無関係に存在してしかるべきだと僕は思っています。



ただそれでも、音楽から感じた何かが、「伝わっている」っていう感覚に結びつくと、何かを得られた気分になりますよね。



聴き方が変わることもあるのかも。



はやく作り手として僕も成長したいものです。まだ1,2曲しか作れてませんでね。まともに出来てるのはひとつもありません。



五人のアンサンブルが続きますよーに。



もし予感が的中して、Ellegardenが戻ってくるとしても、それはそれで楽しみです。







さて、今日の曲。



今年のsummersonicでやたらいい曲を奏でる良質なバンドがあるなぁ、どこかで聴いたことあるなぁなんて思っていたんですが、友人のブログで少し前に紹介されていました。


two door cinema club です。


ドラムレスの三人組バンド。北アイルランド出身で、フランスのレコードレーベルkitsuneと契約しております。


そこから同社のコンピアルバムkitsune maisonにsomething good can workという曲を収録、そこから火がついたのかな。キツネ・ジャポンからの第一弾リリースとなったのが彼らのデビューアルバムですね。


ドラムレスなバンドをドラムの僕が語るのも面白いですな。

打ち込みっぽい音はもちろん使います。シンセも入ります。

エレクトロでポップ。ドリーミーとは言わないけれど、かなりダンサブルなビートがいい感じ。


ということでエレクトロ・ダンスポップと勝手にジャンル分け。



さて、ご紹介する曲名はundercover martyn。


ボーカルの眉の薄さに注目。




ぜひご一聴を。




しっかし中毒性あるね、basement。



And she spoke words that would melt in your hands
And she spoke words of wisdom
To the basement people, to the basement
Many surprises await you
In the basement people, in the basement

You hid there last time, you know we're gunna find you
Sick in the car, sick coz you're not up to going
Out on the main streets, completing your mission
You hid there last time, you know we're gunna find you
Sick in the car, sick coz you're not up to going
Out on the main streets, completing your mission




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朝啼き

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はい、こんばんは。




一晩寝りゃーどうにでもなる、そんな僕です。



勢いで書いて半ば恥ずかしいのでさっさと更新して前記事を過去のものにしてしまおうという気持ちがないでもないです。




さて、そんな魂胆なのでそんな書くことありませんが。




来月のライブ予定として、ピロカルピンがあります。





ピープルも年明け2つ、すでにゲットしておりますので。観る気満々。





自分のバンドのほうなのですが、遅々として進まず。




しかし朗報。今までなぜ気付かなかったのかというくらい近い距離に音楽スタジオを発見したので、そちらで個人練習がたくさんできるとな。ラッキー。




いろんなバンドの新譜だったり、聞いてないバンドのCDだったりあるんですが全然手が出せていません。





そもそも物買ってないですね。




でもお金はないですよ。いろんなところで使っているみたいなので。




金銭感覚はどうにかせねばなぁ。




借金しないだけましではあるけれど。






さて、今日は久々にちゃんと曲貼ります。




復活です。





で、the hiatusの新譜が出ていますので、そちらから。




deerhoundsという曲です。




また雰囲気変えてきましたね。insomniaとは違う方面のRPGみたいな壮大さと懐かしさが出てきます。




これも好きだなぁ。エルレも好きだけど、正直hiatusみたいなバンドもずっと在ってはほしい。




どうだろうね。




個人的にはpeople in the boxが居ればおーるおーけーですけれども。



とにもかくにも、ぜひご一聴を。




ではまた。



frost in the morning, dog barking
empty the trash, lit my cig
licking my lips, still taste like oatmeal

pristine chant in the remote cay echoes
the histories and stories that are never spoken
my empty soul is screaming out
I'm starting out in the world of pandemonium

back in the days, hands on deck
struck (stuck?) in my head, I don't know why
licking my lips, still taste like your lip

as I come down from the up above
I know the ones are gone from here
uncrowned life, a westbound sign
I saw deerhounds running wild again


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夜鳴き

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こんばんは。




随分と長いこと放置して、気付けば12月です。




ばたばたと。





しばらくは働いておりました。



かなり忙しい時期だったので、ほとんど毎日、寝てる時間以外は、って言うくらいの勢いですね。



その後のイベントごとはほとんどなかった気がします。



そしてつい先日今更ながら柴田よしきさんのmiss youという小説を読了。




感想は後日、書ければ書きたいと思います。



通貨危機に際して通貨関連の本を一冊読了。同志社大の教授か誰かの著作ですが、参考程度に。


現在はまたマネー避難という経済関連書を読んでおります。


その辺もまた書くことがあれば。






昨日はAerosmithのライブに行ってまいりました。


東京ドームです。


あれだけの大会場で一つのバンドを観に行くのは初めて。洋楽も大した数観に行っていないので貴重な一回です。



スティーブンタイラーはすっかりおじいさんですが、見た目はおばあさんです。


あのハスキーボイスと独特のスクリーミングが最高でした。



今のテンションの問題で書くこともそれほどないのですが、久しぶりに良い感じのエンターテインメントを体感しました。


来月はピロカルピンだー。








なんか急に悲しくなりました。



お金の考え方とか、社会人としての自覚とか、自立とか。



僕の甘さは自分では承知しているつもりなんですが、それでもまだ足りないんでしょうか。



何であんなに強い言い方をされたのかも釈然としないし。



そこから話が展開して、僕自身の性格の話に。


認識はあるつもりだし、それのだめな部分も散々考えてきたし、直せるところは直そうと努力してきたのに。



まだ批判されるんだもんなぁ。




高飛車に見えたり、傲慢に感じたり、皆さん結構強い言葉を使われるんですね。




僕にそれを批判する割りに、傷つけることを非とする割りに、僕がその言葉で傷つくかとは考えないのですな。




僕自身がまったくそうではないと思っているところでそう思われてしまって、話を聞いてみてもその点のどこが「傲慢」なのかまったく分らない、そんなときはどうしたら良いものか。



みんなが指摘することはもう大部分分りきってて、自分でも考えつくしてきたことのひとつだったりすることが多い。


大学最初の二年間は、全然気が付かなくて「言われて初めて気付いた」ことも幾度となくあった。



けれど、最近はそういうことはめっきり少なくなって、だからこそ「いや実はさ」っていう話になって僕がどう考えているかを言うんだが。



僕がそんなところには考えも及ばない、いやらしくて心底傲慢な、自らを省みない人間だなんて思っているんだろうか。




両親ですら、そういう風に見ている部分があって。



自分の一番の理解者が両親である、とは限らない。




でも自分の一番の理解者が自分自身であることは絶対にない、と思っている。





ただ、人を理解し、理解してもらい、お互いが理解しあっていることを自分で理解するということはとんでもなく難しく複雑なことなんだということ。




なんで「理屈っぽい」の一言で片付けるんだろう。



なんで感情のある人間と、感情のない論理だけのロボットかのように性格を区分けするんだろう。




自分が気に食わない他人の性質を、「そういうのは良くない」となぜ言いきってしまえるのだろう。



あなたが気に食わないだけだろう。あなたがそれを嫌いなだけだろう。




「批判的な意見を言われるとすぐに反論する」
「いや、そうじゃなくて、こう考えているんだよとかすぐに持っていって、自分が正しいんだってなる」


何でこんなことしか言えないのか。何でこんなこと言われねばならんのか。すごく次元が低いんじゃないかって罵りたくすらなる。



意見に対して意見をぶつけることが、「自分を守ろうとしている」とか「プライドが高い」というネガティブな印象にしか向かないのは何でなんだろう。



意見に穴があるならそれを指摘しちゃいけないのか。


前もこんなこと書いた気がする。


結局、僕にぶつけるその言葉こそが、自分自身に当てはまるんじゃないのかって言いたい。

「あなたの意見は間違っていて、私の意見が正しいんだ」
「だから反論するな」




イエスマンが周りにたくさんいれば楽だろうけど、そんな思想で他人を否定しないで欲しい。



この批判をぶつける人で、グサッと刺さることを言ってくれた人は一人もいない。


誰もが僕のことを「プライドが高くて自分の意見を守るのに必死、間違いを認めようとしない」という形で見ているからだろうか。




プライドは多分高いんだろう。でも多分誰だってそれなりだと思ってる。


自分の意見は正しくあってほしい。否定されるのは誰だって辛い。



間違いを積極的に認めるのは誰だって恥ずかしい。恥ずかしいことでないのは分っているけれど、間違っていた!と思う瞬間のなんともいえない感覚は誰にだってあるだろう。



でも発言するということを全部そこに結びつけるなよ。



僕はその意味で純粋だと自分で思っている。


相手の意見に疑問があったり、聞きたいことがあるから質問する・意見を言うだけだ。


そこにプライドとか、自己保身なんか全然関係ない。全然悪いことじゃない。


間違ってたら認めるだけだし、相手が嫌いでとか、自分を守りたくて変に「噛み付く」わけじゃない。



ただ価値観が違うだけで、間違っているとか正しいとか良い悪いの問題じゃないことだってこの世には五万とある。



もちろん、状況によるし、僕だってこんなことが通り一辺倒すべてにユニバーサルに通用するだなんて思ってないのに、そういう風に考えている人間だと僕のことをみなしていく。


そういう極端な枠にはめたほうが考えやすいから。




きっと僕の言い方とか、「その先」に関わる部分で批判があるのかもとも考えてはいるけれど


理屈と感情を水と油みたいに分ける考え方も、結局「理屈っぽいやつは感情を大切にしない、だめなやつだ」っていう単純化。



感情をカウントに入れた理屈っぽい考え方なんて、それこそこの世の大半なのに。





僕も口が悪い。昨日も友人と話している際に、「~は思ったより頭が悪かった」といった旨の発言をしてしまった。


一体何様のつもりなのかと思ったくらいに、自分自身の愚かさを感じていますよ。


あんな強い言葉で意味するほどの内容じゃなかった。良し悪しとかではなく、思った以上に「思考回路が違っていて」お互いに噛み合わない部分があったという意味合いでしかなかったのに。



主観的な批判になってしまっていることは、悪いところだ。







自分の味方であってくれそうな人からも、同じような批判をぶつけられて。

でも結局それは僕自身が考えてきた範疇から出るものではなくて。

だからそこから先が聞きたくて「こうこうこうだからなんだけど、それでなんで高飛車に見えるんだろう」とかいう類の形でそれに対して意見を言ったら、「ほらそれ」と言わんばかりに「素直に認められないプライドの高いやつ」認定される。


僕は意見を否定しているわけではなくて、ただ聞きたいだけなのに。

もしかしたら批判的意見をもらったから、「そんなことない!」っていう自己防衛反応みたいなものが声色には出ていたかもしれないけれど、でも口にはしていない。





本当に、普通に話しているだけなのに、「あなたは間違っている」と言われている。




これは、存在否定なんだな。






頭の中で考えていることと、「あなたはこういう考え方をする人だ」と言われることが全然違うなんてことは普通だと思うけれど。




頭の中で考えてもいなかったことで否定されるなんて悲しすぎる。




解ってくれない、なんて幼稚なことを言うつもりはない。




結局解ってもらえない僕に原因があるんだろうから。





でも伝わらないもので。




ここ5年くらい、小さなことばかりではあるけれど同じ類の事態に直面するたび、少しずつ傷は増えてきた。



自分がどう見られているか、その判断が理不尽なものに感じるときもある。


「あいつは嫌なやつ」なんて陰口叩かれてるかもね。



言いたいことがあっても、「みんなが言ってるからきっと君に原因があるんだよ」



そんな空気に押しつぶされるんだろう。



実際、みんなが言うならなにかしらはそうなんだろうなとは思うけれど。



ただ僕は同時に、発言者本人たちにも自らを省みる力があってこそ重い一言だと思う。



発言は自分に返ってくるということを理解していれば、その発言を重く受け止めたいと思うよ。



それだけぐっと心の中に持っていても、やっぱり怖い。





周りに味方が一人もいないこと。


自分の理解者が、自分を含めても、いないこと。



今まで生きてきた自分自身を、否定されること。









そんなに俺って間違った生き方してんのか。




久々に辛い。

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