本棚に落書き

webマーケ/音楽/サッカー/海外生活=独り言。駄文/雑文です。

It remains to be seen

Posted by 5℃ on   0 comments   0 trackback

※推敲してみた

こんにちは。


#Evernote memo シリーズ


強いこととやさしいことみたいな話を考えてたときのやつです。
文体が恥ずかしげもない真顔感を出しているのはきっと夜に思いついたからでしょう。

「恥ずかしくないのか」と問われれば、そうですね、「恥ずかしい」です。

これからも皆の前にお尻の穴をさらけ出すような心構えで臨んでまいりたいと思います。
大体言葉が違うだけでみんないろいろ考えているんですよね。


----------------


人としてどう生きるのか/どんな人生を送りたいのかを考えたときに、世界の形に合わせた「強さ」はどうしても必要になる。

財力・仕事の能力・センス・戦闘力であったり、社会の中で物質的豊かさを得るために必要な能力をそう呼ぶ。
漫画「バキ」シリーズの名言から引用するならば強さとは「わがままを押し通す力」だそうです。

それが「やさしさ」らかい離することが多い。

私的な話で言うと、インドネシアでビジネスに向き合う時間を圧倒的に増やしたことで得たものと失くしたものがある。
資本主義というゲームのルールで求められる「強さ」に多大に影響された結果である。
ルールに従ってルートを決めるので正しい/合理的だと思うものの、価値観として欠けているもの出てくる。

「皆が幸せな世界」は、強さだけでは成り立たない。

強さは「社会が規定する戦闘力」だから、究極的に全員の望みをかなえられない。
最大多数の最大幸福というやつですね。

「やさしさ」はひとそれぞれの主観で、「強さ」はその時の社会の要請。

だから(尾崎豊風に)僕が僕を貫きながら幸せを追いかけるのであれば、常に皆が幸せになるというモチベーションのもとで強さを追い求めることだけが正解に見える。
強さを獲得する理由に自分が納得いくかの問題らしい。
強さのために強さを求めるのでなく、目的を常にブラさずに「手段としての強さ」を求めるということ。

世を閉じてしまえば余裕がなくなるもので、平穏であることの重要さを感じます。
いつだって心穏やかに闘いたい、という近頃の所信。




P.S.
やさしさは言い訳と甘さに化学反応を起こしやすいため、要注意

関連記事
スポンサーサイト

361°

Posted by 5℃ on   0 comments   0 trackback

こんばんは


毎度エネルギーもってやるわけでないにしろ、evernoteには結構なクソミソ心情の集積ができていまして、いっそのことそれをここに載せてしまえば手間が省けて良いよねと考えている次第です。

そんなものは物書きをやっておられる方々にはあたりまえの手法かとは存じますが、推敲もない駄文を気軽に投げ込める自己所有の蔵なので、気楽に放り込んでいきたいと思います。




◆感情(本能的反応・直感)と思考・理性が反することはよくあると思う


自分の信念として、スタイルとして、成長してきた中で正しいとしてきたもの、積み上げてきたものに心が逆方向から反応することがよくある。

人をして「それは本当はそれが正解だと思っていないんだよ」といわしめるわけだが、そう思わない。

もしそうなら人はサルと何ら変わりないし、自己のアイデンティティはなんとなくからしか生まれない。
社会性など皆無だし、後天的な人の進化の可能性を否定していると思う。

多分、醜い心は持ち合わせているし。(というかそれはたぶんではなく自覚にある限り絶対ある。)

ただそれを本性と言い切るには世界は広すぎると思う。

僕は思考で認識している自己こそ(その正体に関わらず)自分自身だと思うし、そうでありたいと願う心が無駄だとは思わない。

多分「あきらめろ」といわれるのが嫌いなんだろう。


いうことで。

ではまた。




関連記事

Calm Society

Posted by 5℃ on   0 comments   0 trackback


こんばんは。

年の瀬のまとめはできないまま、さて、皆様あけましておめでとうございます。

2018年、いろいろと思うところございますが、まずは2017年を振り返りつつ新たに前を向いていこうと思う所存でございます。




まず第一のご報告となりますが、このたび日本に帰任いたしました。

およそ2年半、インドネシアはジャカルタでの生活を終え、日本での生活に切り替わっております。
現在はまだ家決まっておらず実家ですが、近々東京都内へ再度引越しをする予定なので、楽しみ。

(しかしいつものとおり文体はまとまらないところですが、外部性を意識するか否かの違いなのだろうか、と考えているところ)


仕事は引き続きデジタルマーケティングの外の人をやっておりますが、会社の思惑通り(いい意味)2年程度で常に新しい挑戦をさせていただいているゆえに、飽きることなく刺激的な日々を送っております。

帰ってきたのが18日朝なんですが、19日から出社、23日にはすでにインド出張がぶっこまれているというこの手厚い歓迎ぶり、僕が愛されている何よりの証拠だと思っています。



ジャカルタでの生活がどうだったか、仕事がどうだったのかというのは心境をここでもツイッターでも何度となく吐露していますし、なかなか短文でまとめられるほどのものでもないため、心持だけ。

この経験は僕にとって間違いなく人生の転換点の一つだし、刻まれたものの大きさ・重さ・貴重さは計り知れない。

見えてきた景色や気持ちの持ち方、考え方、自分の過去を振り返ってすべてにおいて間違いなく成長したと思える期間でした。

何より到達した位置での感動や熱量、心動かされる瞬間というものが、以前自分の中で掲げた原点のそれに沿う形で現れたことが、間違った道を歩んでいないことを証明してくれたようでうれしかった。


ここからさらに、一歩も立ち止まらずさらに人生を楽しんでいくために、より活動的に視座を高くして邁進したいと思います。

お世話になった人々、育ててくださった人々への恩返しを忘れずに。

キーワードはいろいろあるんですが、

◆世界を市場に戦う:日本人という存在と文化性に自覚を持ちながらも、世界をあくまで世界として個人が対する生き方に。
◆技術を理解する:歴史とその変遷、未来を予測すると同時に作るうえで技術理解は不可欠
◆生み出す:生産と創造へのエネルギー配分を圧倒的に意識する

みたいなところを考えています。

去年自分の中で一番納得感のあった自身の価値観の言語化で

「世界の広さを正しく認識しながら個人的に生きる」

というのがあるんですが、これは今後も標語になるかなと思ってます。

壮大かつ個人的、というのはすごく詩的で素敵なテーマだなと感じてます。



人類とか国とか会社とかマーケットとか人種がとか社会のトレンドがとか、実際どうでもいいんですよ。

カテゴリごとに傾向と正解はあるだろうけれど、知性体として個体差のある自我が芽生えている以上、僕は自身の個体差にしたがって生きていきたいのです。

これは完全に価値観の問題なのでさまざまでしょうけれども。

そしてそれは本能であったり、社会性であったり、集団の論理であったり人種や文化の論理を無視するという意味ではないんです。

知ることのできる範囲、理解に努めようとできる範囲に正しく開いた上で、自身の生を選択したい、つまりそれが自由だと信じているが故です。

自身を個体差と呼ぶぼくなりの信念は、選択する自由という概念に強く根ざしています。


まあ考えは変わるもので、5年後僕がここで何を言っているかはわかりませんが、それもここで記録に残り未来の僕へ鏡として役割を果たせればいいのかなと思います。



事実のご報告からいつものとおり観念的な、筆任せならぬキーボード任せの内容になりましたが、僕は相変わらずこんな感じです。


本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


ではまた。





関連記事

業務連絡

Posted by 5℃ on   0 comments   0 trackback

Twitter連携はここの存在意義がぼやけるのでやめておこうと思います

まる

関連記事

11/14のツイートまとめ

Posted by 5℃ on   0 comments   0 trackback

hondanarakugaki

なんでもいいけど付加価値になっているかどうかは意識したい
11-14 13:59

RT @_Ryobot: DeepL Translator 最強すぎる.Linguee という対訳文検索エンジンの 10 億文で訓練したところ,今年 SOTA を達成したニューラル機械翻訳を全滅させる結果に...ディープラーニングは訓練データの質と量が最重要ってわかる.ht…
11-14 16:54

RT @mofmofclub: 2匹そろってもう可愛すぎ😍💕❤️ https://t.co/jnEt7sL6NQ
11-14 23:31

関連記事