本棚に落書き

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こんにちは。



振り返ってみると、もう8年もこのブログを続けていることになります。
大学入学1年目からですか。
何気なく振り返ってみて、過去の自分の文章を読み返してみたのです。

当時考えていたことや思っていたことなど頭の中身の話から、言葉遣いや表現技法などスキル面の話まで、非常にいろいろと思うところがありますね。
明らかな変遷が見て取れますし、どのタイミングで変わったかも割とわかりやすく文章に反映されていて、まさしく自分自身を客観的に見られるのでおもしろいものです。


今見て思うのは、やはり若さというのはあるものだな、ということ。
幼さといってもいいし、思慮の足りなさといってもいい。
時間の経過と、それに見合うだけの経験値は、人をそれなりに成熟させるのだなと感じています。

誰よりも自分自身のことだから、当時どんな思いでその言葉を綴っていたのかははっきりと理解できるのです。
それをもって、今の自分からみて明らかな変化を感じられるというのは言葉に表しがたい感覚です。

正直に言うと過去の2~3年分は恥ずかしすぎて人様に見せられるようなものでもなく、それゆえひそかに限定公開にしていたりするのです。
その後の文章が恥ずかしくないかというとそういうわけでもないですが、そこは一部耐えうる領域と判断しています。


それでも過去の自分の文章を今の自分で書き換えてしまおうと思ったことは一度もありません。

この記録は非常に貴重なものだと僕個人は感じているのです。

連綿と続いてきた、一人の人間の独白。
青年から大人といっていい年齢になるまで積み重ねてきた変化の記録。
僕という人間を客観的に観察するのに非常に有用な記憶だと思うのです。

最近、己を知るためには自分に向き合っていてはいけないんだなということに気づかされます。
人は鏡だ、とよく言うのですが、この世に自分一人しかいなかったらきっと僕は僕を定義できないのです。

人間そのものが、外界との差分で自己を認識しているからでしょう。

さまざまな人との出会い、会話、ふれあいすべてが、僕がどんな人間かを語ってくれていると感じるようになりました。
その意味で、ここにある「誰かとの出会いの記録」は得難いものですし、このブログ自体に存在する「過去の自分」は、僕にとって鏡であり続けると思っています。


そんな独り言。


アイディアは突然やってくるものですからね。


ではまた。


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こんばんは。

またも一か月。


日本では夏が始まり、そして終わりゆくわけですが、もうこちらは年中夏で飽き飽きしています。

ジャカルタに来て1年以上が経過しました。
いろいろ考えることはあるし、成し遂げたこととまだやれていないことと、それぞれあります。


しかしこの一年は非常に長かった。

体感速度としてはあっという間でした。ですが思い返してみるともうずっと走っているような感じ。
今年で28になります!とずーっと昔から言っている気がするんですよね。
それだけ濃密に過ごせているんだろうとは思います。
ストイックに、ほぼ仕事のことだけにエネルギーを振り向けているからでしょう。

それも含めて、あとどのくらいいるかをちゃんと決めねばならないな、と思っています。

僕自身は、あと一年が目途だと思っています。

それをきちんと会社と話さねばですね。

それも含めて、海外立ち上げを経験しているものとして、プレゼンスを出さばと情熱を持っております。




前回レバランで帰ってからいろいろと活動をしておりまして。


まずは大島に行きました。

伊豆大島。

初、離島旅。


写真は名物、鼈甲寿司です。


特に景色として特筆すべきものがあったわけではないので。あえて言うならば山は素晴らしい景観ですね。
三原山の大自然には感嘆いたしました。

鼈甲寿司


離島というのは旅行的にどんなものだろうといろいろ想像しておりましたが、非常に楽しかったです。
日常が忙しすぎると、そこからかけ離れた場所へ行きたくなる、というのが心情なのでしょう。


いずれまた、来たいと思える場所でした。




そんなこんなでジャカルタに戻ったのち、今度はジャカルタから行ける離島群、プロウスリブへ。


離島にはまったというわけではないのですが、いわゆる「心を鎮める」週末の過ごし方を模索はしておりまして、以前はバリを第一候補としていました。

ただいかんせんサクサク移動するという意味ではバリは遠い。
飛行機で2時間。
悪くはない。けど近くもない。

何より、飛行機はその移動時間以上に前後がとられてしまうのがネックなわけです。


ジャカルタには最北にアンチョールという港がございます。

海は汚いです。反吐です。土色です。

しかしそこから船で2時間ほど(伊豆大島に行くのと同じくらい)で、プロウ・スリブ(インドネシア語で千の島)と呼ばれるエリアにたどり着きます。

その名の通り、小さな島がいくつも散在して、まるで千もの島々がある海域に集められているかのような場所なのです。

そこはまさに楽園と呼ぶにふさわしく、海は透明、空は青く、都会の喧騒も煩わしさも何も存在しません。

宿泊で行ける場所はそのうち数島ですし、バリと比較してはいわゆる観光客が良く訪れる「リゾート」ではないため、設備も何もあったものではないです。

ただひたすらに、現代から離れられるという意味で、まさしく離島の楽園です。

その中でも「旧JAL島」と呼ばれる、昔JALがリゾート開発を行ったパンタラ島に行ってまいりました。
ここはプロウスリブで最も遠くに位置し、最も観光客受け入れができ、最も施設が充実している島です。

パンタラ島1

パンタラ島2

パンタラ島3





プロウスリブはそれぞれが島一つまるまるリゾートのため、宿泊施設もレストランも一種類のみです。
島はどこへ行っても大体外周徒歩15分かからないレベル。


この島ではバナナボートやシュノーケリング、カヌーや釣りなど様々なアクティビティーが楽しめます。
サンセットクルージングも付いており、プロウスリブの中では至れり尽くせるの部類だと思います。

朝焼けも美しく。

パンタラ島6

南国の日中を彷彿とさせる(というか実際にそう)、神々の島感があります。

パンタラ島4

パンタラ島5


今回は釣りに出たのですが(伝統にテグスを手でもって直接釣るやつ)、船長が一番最後に特殊な釣り方でマグロ釣ってました。
釣り針だけ流して、ボートを海鳥に集まる場所へ走らせて、海中を泳いでいるマグロをひっかけて釣るという荒業。


多分正しい釣り方じゃないんじゃないかと思いながら。


素手で釣り上げさせてもらいました。人生初のマグロ釣り、いい経験ですね。

パンタラ島7


パンタラ島8


プロウスリブは移動時間船だけ、価格は宿泊と食事込み1泊2日4食で2万~3万。
ジャカルタから最も手軽に行ける楽園として、僕の中に刻み込まれました。
パンタラ島だけでなく、他にも複数の島があるので、今度は別の島に行ってみたいと思っています。

9月あたりにマチャン島かな。








人の心っていうのは演繹的にも帰納的にも導けないものらしく、非常に困惑しており、心を痛めながら最近を過ごしております。


僕の経験値からすると、その行動には「ある一定の帰結」以外なんら意味が見いだせるものはなく、つまりは「裏切られている」状態なんだろうと僕個人はどうしても思ってしまうわけです。

ですが話を聞く限りではどうやらそうではないという。


これ以上僕個人の疑念をぶつけると「つまりこの価値観は理解され得ないものなんですね」と最後通牒を突き付けられてしまう可能性を恐れて、僕は何も言えずにいます。

そうでありたくないと自分自身が一番願っているから。

もし言い分を信じるのであればそれはつまり、僕の理屈・感情論・経験値・価値観からして説明しえない状況が今現に起こっているということです。

人生の中でももっとも心にダメージを受けたころを思い出し、その時よりは大人だなぁと感慨深くもなりながら心の痛みに耐えています。


のちのちふたを開けてみれば、これが僕が理解しえなかった何かなのか、それともただの「嘘」だったのかがわかります。
もし「嘘」だったとき、きっと以前と同じように、何かを変えていればその「嘘」は防げたのかなと考えてしまうのだと思います。


多分今回出る結論は、僕にはもうどうしようもないのかもしれません。
今度こそ、僕は自分を信じられなくなる。


それも受け入れて進むことにはなるのだと思います。


しかしまあ、学んだと思ったことは意外と役に立たないものだと実感しています。
何もできないような状況に自分を連れてきてしまった、それを呪うしかないのでしょう。

出来ると思った、でも出来なかった。

ただそれだけのことなんでしょうね。

自分だけのことなら、どうにかできたのだろうけれど。


と、独白部分は意図的に主語を伏せていますが、いつも通りです。

文章化する、ということはいつもながらに、心を整えてくれるものです。


そんなこんなで。

ではまた。


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アンディとロックとベンガルトラとウイスキー

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こんにちは。


時間が時間。


レバラン休暇に日本に戻りまして。

いろいろとありましたがそれは別に書きますね。




以前アナログが好き、という話をしたようなしていないような気がします。

自分のなんとなく向いている方向性なんですが、ある程度自分の肉体に帰属するものが好きみたいです。

自分の肉体、生まれ持ったからだから不可分なもの、そことの距離が近いもの。


テクノロジーは拡張の歴史なので、人間の体に依存していたものや肉体そのままでは手の届かなかったものを、何かしらの拡張でもって繋ぎ込んだり・切り離したり・外部委託したりしてきています。


時代による濃淡とレンジの違いはあるものの、僕はたぶんそれに最後の一線で歯止めがかかっているタイプなのかもしれません。

その稼働に前提とするものが多すぎると、意識せざるを得なくなる。
単一で完結しないものが多すぎると、無力さを感じる。

例えば何かやりたくても自分の手元にスキルがないからできないというのもそうだし。
(誰かにお願いしたり、原理を理解しなくても代行してくれるソフトウェアがあったり、というのがつまりは「拡張性」)


調べれば何でも分かるという現代で、その状況はすべて電気とコンピューターとインターネットとGoogleという前提のもとに成り立っているというのもそうです。
(アナログ的には「知識を学ぶ」ということで解決される事象)


わかりづらくなってしまっていますが、端的には

「アウトソースをしない」

ということに多少の魅力を感じているわけです。


現代の流れとテクノロジーには明らかに逆行していますし、正直なところ自分が生きているこの業界で言えば何を言ってんだこいつ状態です。
実際のところ生活の中では様々なテクノロジーを使い倒していますし、最先端のものについても情報を取りに行こうとしています。アウトソースしまくっている状態です。


問題は心の在り様なのだと思います。

必要なものは取りに行きますし、使い倒しますし、人にも頼りまくります。


それでも自身の肉体と脳に根差す力の総量を上げておきたいと常に思っていますし、全部を取っ払った時に最後に頼れるもののボトムラインを高くしておきたいというのがこの思想なのではないかなと。

何かを為したいと思った時に、まずは拙くとも自分一人で生み出せるだけの知識やスキルを持っておくことで第一歩が始められるという「始めの状態を作り出せる」ということの重要さを何となく感じております。


きっとバランサーで、ジェネラリストな思考なんでしょうね。


ということで知識に貪欲に、自分の頭で考えることをあきらめず、肉体を健康かつ強靭に保つ、という非常にシンプルな生き方を実践したいところでございます。



余談ですが、自分のイメージ通りに肉体を操作できるというのは非常に得難いものです。
高校生の時分と比べて明らかにこの感覚が鈍くなっているの実感して、人類としてもっとも重要な能力の一つが失われてきていることにがっかりしながらも、鍛えなおそうと思った今日この頃です。




ではまた。

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インディゴ地平線

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おこんばんは。


引き続き全力疾走とまではいかないものの、ガス欠を起こさないように、高めのテンションを保ちながらも自由に生きております。


ここジャカルタは現在ラマダン(断食月)となっております。

イスラム教徒は、日の出る間は基本的にすべての飲食を絶ちます。

また、戒律的にもとより酒はご法度ですが、この時期はさらに厳しくなり外国人向けにも昼間はお酒を出さなくなります。

夜になると出るんですが、場所によっては隠しながら出す習慣があるので、湯飲みやティーカップで出てきたりします。

ラマダン時期のレアな光景です。




最近また出張に行く機会があり、再びマニラに行ってまいりました。

日本にいるときに比べて格段にクロスボーダーな働き方になっており、案件はアジアをまたがって広がっています。
ビジネス的にも様々な規模感の様々な成長を見る機会に恵まれており、1~2年前とは少しずつ考え方も変わっているのかなという気がしております。

いろんなプロジェクトも動いていて、そういったところに自分が関われる今に対してはっきり自覚を持っていたいところ。




最近よく本質論みたいなものを考えるようになりました。

過去に抱えていた想いはどんなカテゴライズができて、それらはどんなふうに共通していて、つまり自分はどんな人間なんだろうというような類のものです。

どんな人生を幸せとして歩めるんだろうか、という問いに対して理屈っぽいアプローチではあります。

僕は直感や感覚を言語化するということには意味があると思っています。

それが「正しい理解」に必要だとは特別思いませんが、その行いはより「鮮明な理解」につながっているものです。

僕自身がここ数年ブラさずに掲げている(座右の銘的な)ものは、

「情熱を持てる幸せ」
「本気って楽しい」

です。

これは様々な過去の体験と、想いの変遷をまとめたとき、最大公約数的に残ったキーポイントです。

自分の幸せは、熱量に関わっていて、本当に楽しいものはいつだって本気だったときに持っていたものでした。

これは振り返って、言語化してみて、鮮明になってきたものです。


例えばある音楽を聴いていて「かっこいい」と思ったり、「彼らみたいになりたい」と思ったり

安っぽいドラマの主人公に憧れてみたり

小説や漫画のストーリーに影響されてみたり

その時々で幸せだったり楽しみだったり希望を持った瞬間を洗ってみると、必ずしもその「形」に僕自身の憧れが完全に投影されていたわけではないんだなと気づいたのです。

当時はもちろん気づけていなかったですし、その分形に拘っていた気もします。
(当時は形に憧れが投影されていて、時間がたつにつれ考えが変わった・今の考え方を正当化しようとしている可能性もゼロではないですが)


その時々で抱えていた想いは、本気であることのカッコよさ、情熱を持って進むことの尊さ、信念を持って闘うことの偉大さみたいなものに集約されていて、自分もそんな風になりたいと思ったからこその感動だったんだと思います。


それが僕にとって色濃く出ていたのは高校サッカーであったし、その感動が原点となっています。


人は何を為すかではなく、為そうとするのか否かで語られる。


人は自分の意志に基づいて行動した時にのみ価値を発揮するとはどこぞのアニメでラスボスが吐くセリフですが、正鵠を射ていると思います。


憧れというのは、自分の心の中にある感動の原点を土台にしてデザインされ得るものなのだろうと考えた今日この頃でした。


そんなこんなで、僕は好きなことにどんどん本気になります。
情熱を持って事にあたります。

それがきっとどんなことも楽しくしてくれると信じています。



初めに好きになれなかったものですら、きっと夢中になれる要素を持っていると思うんです。
だってそれはきっと今まで一度も見たことがないことのはずだから。


「夢中になれるモノが いつか君をすげぇ奴にするんだ」

某超有名ソングの一節、幼少のころより死ぬほど耳にしたラインですが、これほど真実だと思うこともそうはないですね。





ラマダンが明ける7月頭より、断食明けの大祭、レバラン休暇が始まります。

イスラム国家であるインドネシアでは、一年で最も長い休暇となるレバラン、以前書いた通り私の会社も休みになりますので


日本にちょっとだけ戻ります。


一週間ほど、少しばかりの休暇を楽しんで、それもまた糧にして、情熱をもって走っていきます。




今日はMy hair is bad の「真赤」を。

あれ、大体一年前くらいに出てきたと思ったら何かめっちゃ再生数伸びてる、と驚きのバンド。

当時からストレートな音楽が心地よいバンドでしたが、人気が出てきているのは素敵なことですよね。

ではまた。








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The Future Freaks Me Out

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こんばんは。

お久しぶりです。


アウトプットなんてもう久しく出さず。



書こうと思っても結構書けないものなんですよねー。


ということで近況を書きます。

いろいろあったんですが、とにかく近況です。

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ゴールデンウィークに台湾に行ってまいりました。
正確には台湾の台北市。

中国語は全くしゃべれないわけですが、かなりの親日であり、歴史的な背景も含めて言語的な苦労はほぼないだろうということで4日間の旅行です。


台北には国際空港が2つあるんですね。市外一時間くらいのところにある桃園空港と、市内の空港と、それぞれ。
ジャカルタからはお金の関係やフライトの都合もあり桃園空港を選んで向かいました。

それなりに海外生活経験が増えてきて、出張も数をこなしてくると飛行機には乗りなれますね。
入国出国でのトラブルにもだいぶ慣れてきた感があります。別に台北でトラブたりは全くしていないんですけどね。

というわけで入国。

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台北はどこもかしこも建物がとにかく古い。

それが妙に風情のある、情緒的な街並みを作り出している気がします。

乾物街として有名な通りにも行ってきました。
漢方やカラスミが比較的安価で大量に。


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台湾の食事には割と独特な香料が多く、非常に癖のある味わいは記憶にばっちり刻まれること請け合いです。
それとは別に、こういった形で五体丸捌きな鳥や豚をよく見かけます。
新鮮かどうかはおいておいて、これも日本にはあまり見られない光景ですね。

インドネシアだと場所によってはよくあります。




人生で一度は行ってみたかった場所、台湾の九份にも行ってきました。

台北市から少し離れた場所、感覚的には京都大阪間よりちょっと遠いくらい。

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千と千尋のモデルに一部なっているという根も葉もないうわさがもとで、ゆばーばの建物的なものまで作られていました。
そういった話とは全く別のところで、大変幻想的な街並みでございます。

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あえてのブラーな残像。




古い建物が多く残る分、映画に出てきそうなチャイニーズマフィアの本拠地感満載の建物も。

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日本からして近場でもあるため、今までそんなに興味を持ったことがなかったのですが、いざ行ってみると大変興味深いことであふれていました。

次行くなら、台南にも行ってみたいなと思います。





日本とインドネシアの交流を深めるために毎日新聞とKompasによって共催されている「絆駅伝」に出場しました。

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主催者コンパスの特別チームとして、各3km×4をみんなで繋ぐリレー形式。最低でもインドネシア人一人、日本人一人で構成されている必要があります。
結構大きなイベントになってきていて、数百の企業が参加して、"ガチ勢"から"エンジョイ勢"まで幅広く交流を深めました。

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JKT48の日本人メンバー仲川遙香さんも参加されており、最後のイベントではJKTのライブもありました。
これ、抽選でスポンサー企業からのプレゼントがもらえて、かつJKTと一緒に写真が取れるというおまけつき。
実は僕のチームはパナソニックのドライヤーが当たったらしいんですが、残念ながら当選の瞬間私はおらず。

それにしても早朝5時半集合でのランニングは部活全盛期を思い出しました。たまにはこんなイベント参加も楽しいですね。





そしてつい一昨日、バリにいました。人生二回目。

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見よこの青い空、白い雲。

ザ・ビーチ。

バリの空港からすぐ、ジンバランという地区のビーチです。

僕は現在ジャカルタでサッカー部に所属しており、今回は3都市対抗戦のためバリ遠征です。
ジャカルタ在住の身からすると、安い時で往復一万円以下、片道2時間のフライトでバリに行けるというのは素敵な環境です。

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サッカー自体は土曜日で終わったので、日曜日は昼から帰りのフライトまで、ほぼ一日中海を眺めていました。

何もしないをする、ということがどれくらい心の健康や新しい思考を生み出すのかをじっくりと体感した一日でした。


社会人になれば、よくよく「仕事に時間を取られる」という目線で物事を語りがちなんですが


僕にとってはすべてが人生であり、生きる道はすべて自由意志の上に成り立っています。
どうにもならない環境や、何も選べない状況だって当然あります。
それでもそのすべての不平等の上に自由意志があって人生があると思っています。

なので根幹におくべきは、「楽しいかどうか」よりも、どれだけ「楽しめるか」なのでしょう。


ということで引き続き、人生をより楽しむために。



そんなこんなで近況でした。




今日の曲はこちら。

tricot 「おやすみ」


前から知ってましたし、ちょろちょろ聴いていたんですが、最近がっつり聴く機会があり今更ながらはまりました。
彼女たちのポップなメロディラインに超変則節回し、きれいにまとめあげるバンドの演奏力。
キダモティフォのギターリフが好物です。
ドラムのコマキが脱退してしまったことは本当に切ないですが、3人になってからもtricotらしさは全開ですね。

他にも彼女ららしさが前面に出ている、尖っていてかっこいい曲はありますが、個人的にはサビのメロディ・歌詞ともにこの曲は一級品だと思っています。

是非ご一聴を。

「幻の駅では 取り残されている 魔法があるのよ」

ではまた。


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