本棚に落書き

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ワンナイト・アルカホリック

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おこんばんは。



いつもの近況報告です。



前回からで行くと、大きくはジャカルタマラソンですね。




マラソン。


人生で初めてのフルマラソンに挑戦しました。

きっかけは些細なことでした。
うちの会社の方がわざわざジャカルタにマラソンしに来るという。

どうせなら僕らも参加しよう、となりました。

最終的にいろいろと輪が広がり、日本から一人、インドネシアから二人、ベトナムから二人参加する形になりました。



流石に42.195キロともなれば準備がいるだろうと思い、極力トレーニングをするつもりだったのですが、いかんせんまともな準備ができたとも言い難く。

ジムのトレッドミルで20キロ以上を走るのは精神的に苦痛です。

結局「人生で一度も20キロ以上を走ったことがない」状態で本番に臨みました。


感想。




地獄



20キロくらいまでそこそこ普通に走れていたのが嘘かのように、25キロ過ぎから悪夢が始まります。

まったく足が動かない。

ジョギングスピードですら辛い。

というか歩くのすら辛いし。

しかし延々と続く道。

何度あきらめようと思ったか。

ぎりぎり6時間を切るくらいで完走したのですが、人生で最もつらい6時間でした。


マラソン経験のあるほかの方に聞いてみましたが、このジャカルタマラソンのコースおよび運営は、正直通常のマラソンよりもかなりしんどかったらしいです。


いろいろと不思議な点はありましたが、とりあえず羅列すると

〇道の規制が手動
→通行止めしてないので、スタッフの人が自力で止める(「今のうちに渡れ!」ってマジで言われる)

〇エイドがバラバラ
→公式のエイドの間に有志でやってくださっているエイドテントがたくさんあるんですが、めっちゃ偏ってる。
(公式の先50メートルぐらいのところに3つくらい固まっているのに次出てくるの2キロ先とか。)

〇エイドが粗い
バナナ丸ごと皮付きとか、あずきバーとか、炭酸抜きコーラとか、ミルクティーとか。

〇距離間違ってる
GPSで見たら44キロくらい走ってたらしい。

〇距離表示間違ってる

40キロ表示がない。

41キロ表示の位置おかしい。

(ラストのラストで表示が間違っているため心折られる人続出)

〇道がバンクしてる

微妙に傾いでいる。

ラスト7キロとかでこの傾きはきつい。



走り終わった後のやり切った感はものすごいものがありますが、ひざが曲がらないほど足が疲労する経験はもうしたくないものです。

フルマラソンで大切なのは

■フルを走り切れる「脚」を作ること
■ペースを守ること

であることを学びました。

皆さん、必ず準備してから行きましょう。


地獄を見ますよ。



ということで、この辺で。


曲はMy hair is badの新曲。

有名になってきたからか、再生回数の伸びが早いですね。

この手のバンドとして、メロディラインとリリックのバランスが良く、かつ中身で見てもかなりセンスがあるソングライターだと思っているので、ぜひ頑張ってほしいです。

ではまた。




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The Maker

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こんばんは。


本日のタイトルはTrashmonkeysのアルバムより。


1か月に1本ペースがふつうになってきております。

物事を考えて書き連ねる癖は特に変わってはおりませんが、主にノートに直接だったり、Evernoteに書き込みだったりするパターンが増えました。

ちょっとここ一か月半を振り返ってみます。




7月に日本に帰ってから、やっぱり自身のライフステージとして真剣に帰国を考え始めました。

具体的な進展は薄いままですが、そんな中先日10月頭に全社イベントがあったため一時帰国。
今回は全社最優秀を決めるプレゼンにノミネートされましたので、主役です。

僕のプレゼンのテーマはもちろんインドネシアに行ってからの事業成長とそれを支えた意識の重要性、みたいなところで、正直かなり勝てるんじゃないかと内心自信持ってました。

事業成長自体はもちろん現地法人社長の力によるものですし、僕個人が成したのはいわゆる「現場」としての事業成長推進ですが、それでもやってきたことはそれなりにあるんじゃないかと自負しています。


負けちゃったんですけどね。



それでもFacebookで書いた通り、爪痕は残せたんじゃないかと思っています。僕の会社では僕のような立ち位置は珍しいですし、そういった人間が全社プレゼンに出てくることも今まではなかったことなので、今回のプレゼン自体に意義はあったと思います。

敗因を上げるなら、やっぱり日本との遠さとプレゼン内容の遠さかなぁという気はしています。

いろんな方に「君に投票したよ」と言っていただけましたし、上位役職の方々には刺さっていたみたいだったので、現場感の差なのかな、と負け惜しみを言っておこうと思います。ちょっと意識が高すぎたんだということに。

少なくともキャリアモデルとしての役割は、どこかしら担えている部分はあるかもしれないですね。




そこと前後して、せっかく日本帰るということでちょろっと温泉に出かけてました。

東武日光のほう、温泉の名前は忘れてしまいましたが、平家の宿をモチーフにした温泉宿に行ってまいりました。
世界観を作り上げるのにずいぶんと細かに手を入れているなぁと感心しました。

ゆるりと温泉に入っているときというのはやはりいろいろ考えるもので、日本での生活や今後のことをどっぷりと考えたわけです。

僕自身の今後のやりたいことや生き方という点で、グローバルにこだわるつもりはない。
会社でグローバル関係の仕事を多々頂き、インドネシアで仕事をしてみた今となっても、ここはあまり変わらない。

それは日本にこだわるという意味でもなく、つまりは国にこだわらないという意味で真にグローバルな気もしている。
グローバルとか言っているうちはグローバルやないんやで、と。心の内側がグローバルになってグローバルグローバルと声高に叫ばんでも自然とグローバルに生きていることこそがグローバルなんやで、と。

グローバルってなんやねん。ゲシュタルト崩壊してきた。

その辺は置いておいても、そうなってくると場所やお国柄で今後の生き方を選ぶことはそうそうないわけです。
多少の条件はあれど、その優先度が著しく上がるわけではないのです。

大事にすべきは自分のライフステージの変化である、というのが現状の結論。

誰と一緒に居たいかとか、今後の生活をどう過ごしていきたいのか、というところに仕事が乗っかってくる形です。

ここから先さらにインドネシアのこの会社で積み上げられるキャリアと経験は得難いものだなと思うわけですが、それにもまして僕自身の優先事項は日本にあるのかなと考えているので、帰国をしてゆっくり今後を考えたいなという所存でございます。

実際いつになるかはわからないんですけどね。ここから先1年以内くらいのスパンで物事を動かしたいなと考えています。




誕生日を迎えました。

ついに28歳。

アラサーという言葉に何の違和感もありませんが、この年になっても自分が大人である実感というのは沸かないもので。
高校生のころから、大学生のころからの延長での自分、というところはそれほど変わらないですね。

だからこそその間の学びや変化や出会いがとても大きいということなのだと思います。

自身の人生に責任を持とうという気持ちはもうちょっと早く持ってもよかったんじゃないかなぁ。

子供のころの自分の甘えというか、この世の道理を良くわかっていなかったころを思い出して苦笑いです。




Twitterで「自己肯定感」に関してつぶやいて、友人からレスをもらったのですが、失うことは容易でもなかなか取り返しづらいものですね。

あれからしばらくぼけーっと考えていましたが、最近の電通自殺問題なんかとも絡んで、「自分の人生をコントロールしている」という感覚が一番大事なんじゃないかなと思うようになりました。

いろんなところで読んだのですが、人は「コントロールしたいという欲を持って生まれてその欲を持ったまま死んでいく」そうな。

小さい子が何度も何度も同じ絵本を繰り返し読むのは、予想の範囲内の出来事が確実に起こるという「自身のコントロール下にある状況」の楽しさや気持ちよさを無意識に求めているからだそうな。


当たり前といえば当たり前かもしれないのですが、誰だった自分自身の人生を、誰よりも自分が生きていたいものです。

今この場のこの瞬間の自分は自分が選んできたものである、と思えないならばやはりそれは辛いものだろうなぁと。


それが自己肯定感にどうつながるかは難しいところですが、自分の選択によって作ってきた人生である、と思えるのであれば小さな自己肯定感の喪失は気にせず行こうぜという乱暴な結論です。

そういう時は自分を愛してくれている人たちのことでも思い出して前を向きましょう。

友達0、恋人いない歴=年齢の引きこもりニート30歳オーバーはあきらめてくれ。
そこからのリベンジの仕方はわしにはわからん。


ではまた。



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modular

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こんにちは。



振り返ってみると、もう8年もこのブログを続けていることになります。
大学入学1年目からですか。
何気なく振り返ってみて、過去の自分の文章を読み返してみたのです。

当時考えていたことや思っていたことなど頭の中身の話から、言葉遣いや表現技法などスキル面の話まで、非常にいろいろと思うところがありますね。
明らかな変遷が見て取れますし、どのタイミングで変わったかも割とわかりやすく文章に反映されていて、まさしく自分自身を客観的に見られるのでおもしろいものです。


今見て思うのは、やはり若さというのはあるものだな、ということ。
幼さといってもいいし、思慮の足りなさといってもいい。
時間の経過と、それに見合うだけの経験値は、人をそれなりに成熟させるのだなと感じています。

誰よりも自分自身のことだから、当時どんな思いでその言葉を綴っていたのかははっきりと理解できるのです。
それをもって、今の自分からみて明らかな変化を感じられるというのは言葉に表しがたい感覚です。

正直に言うと過去の2~3年分は恥ずかしすぎて人様に見せられるようなものでもなく、それゆえひそかに限定公開にしていたりするのです。
その後の文章が恥ずかしくないかというとそういうわけでもないですが、そこは一部耐えうる領域と判断しています。


それでも過去の自分の文章を今の自分で書き換えてしまおうと思ったことは一度もありません。

この記録は非常に貴重なものだと僕個人は感じているのです。

連綿と続いてきた、一人の人間の独白。
青年から大人といっていい年齢になるまで積み重ねてきた変化の記録。
僕という人間を客観的に観察するのに非常に有用な記憶だと思うのです。

最近、己を知るためには自分に向き合っていてはいけないんだなということに気づかされます。
人は鏡だ、とよく言うのですが、この世に自分一人しかいなかったらきっと僕は僕を定義できないのです。

人間そのものが、外界との差分で自己を認識しているからでしょう。

さまざまな人との出会い、会話、ふれあいすべてが、僕がどんな人間かを語ってくれていると感じるようになりました。
その意味で、ここにある「誰かとの出会いの記録」は得難いものですし、このブログ自体に存在する「過去の自分」は、僕にとって鏡であり続けると思っています。


そんな独り言。


アイディアは突然やってくるものですからね。


ではまた。


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Weather Report

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こんばんは。

またも一か月。


日本では夏が始まり、そして終わりゆくわけですが、もうこちらは年中夏で飽き飽きしています。

ジャカルタに来て1年以上が経過しました。
いろいろ考えることはあるし、成し遂げたこととまだやれていないことと、それぞれあります。


しかしこの一年は非常に長かった。

体感速度としてはあっという間でした。ですが思い返してみるともうずっと走っているような感じ。
今年で28になります!とずーっと昔から言っている気がするんですよね。
それだけ濃密に過ごせているんだろうとは思います。
ストイックに、ほぼ仕事のことだけにエネルギーを振り向けているからでしょう。

それも含めて、あとどのくらいいるかをちゃんと決めねばならないな、と思っています。

僕自身は、あと一年が目途だと思っています。

それをきちんと会社と話さねばですね。

それも含めて、海外立ち上げを経験しているものとして、プレゼンスを出さばと情熱を持っております。




前回レバランで帰ってからいろいろと活動をしておりまして。


まずは大島に行きました。

伊豆大島。

初、離島旅。


写真は名物、鼈甲寿司です。


特に景色として特筆すべきものがあったわけではないので。あえて言うならば山は素晴らしい景観ですね。
三原山の大自然には感嘆いたしました。

鼈甲寿司


離島というのは旅行的にどんなものだろうといろいろ想像しておりましたが、非常に楽しかったです。
日常が忙しすぎると、そこからかけ離れた場所へ行きたくなる、というのが心情なのでしょう。


いずれまた、来たいと思える場所でした。




そんなこんなでジャカルタに戻ったのち、今度はジャカルタから行ける離島群、プロウスリブへ。


離島にはまったというわけではないのですが、いわゆる「心を鎮める」週末の過ごし方を模索はしておりまして、以前はバリを第一候補としていました。

ただいかんせんサクサク移動するという意味ではバリは遠い。
飛行機で2時間。
悪くはない。けど近くもない。

何より、飛行機はその移動時間以上に前後がとられてしまうのがネックなわけです。


ジャカルタには最北にアンチョールという港がございます。

海は汚いです。反吐です。土色です。

しかしそこから船で2時間ほど(伊豆大島に行くのと同じくらい)で、プロウ・スリブ(インドネシア語で千の島)と呼ばれるエリアにたどり着きます。

その名の通り、小さな島がいくつも散在して、まるで千もの島々がある海域に集められているかのような場所なのです。

そこはまさに楽園と呼ぶにふさわしく、海は透明、空は青く、都会の喧騒も煩わしさも何も存在しません。

宿泊で行ける場所はそのうち数島ですし、バリと比較してはいわゆる観光客が良く訪れる「リゾート」ではないため、設備も何もあったものではないです。

ただひたすらに、現代から離れられるという意味で、まさしく離島の楽園です。

その中でも「旧JAL島」と呼ばれる、昔JALがリゾート開発を行ったパンタラ島に行ってまいりました。
ここはプロウスリブで最も遠くに位置し、最も観光客受け入れができ、最も施設が充実している島です。

パンタラ島1

パンタラ島2

パンタラ島3





プロウスリブはそれぞれが島一つまるまるリゾートのため、宿泊施設もレストランも一種類のみです。
島はどこへ行っても大体外周徒歩15分かからないレベル。


この島ではバナナボートやシュノーケリング、カヌーや釣りなど様々なアクティビティーが楽しめます。
サンセットクルージングも付いており、プロウスリブの中では至れり尽くせるの部類だと思います。

朝焼けも美しく。

パンタラ島6

南国の日中を彷彿とさせる(というか実際にそう)、神々の島感があります。

パンタラ島4

パンタラ島5


今回は釣りに出たのですが(伝統にテグスを手でもって直接釣るやつ)、船長が一番最後に特殊な釣り方でマグロ釣ってました。
釣り針だけ流して、ボートを海鳥に集まる場所へ走らせて、海中を泳いでいるマグロをひっかけて釣るという荒業。


多分正しい釣り方じゃないんじゃないかと思いながら。


素手で釣り上げさせてもらいました。人生初のマグロ釣り、いい経験ですね。

パンタラ島7


パンタラ島8


プロウスリブは移動時間船だけ、価格は宿泊と食事込み1泊2日4食で2万~3万。
ジャカルタから最も手軽に行ける楽園として、僕の中に刻み込まれました。
パンタラ島だけでなく、他にも複数の島があるので、今度は別の島に行ってみたいと思っています。

9月あたりにマチャン島かな。








人の心っていうのは演繹的にも帰納的にも導けないものらしく、非常に困惑しており、心を痛めながら最近を過ごしております。


僕の経験値からすると、その行動には「ある一定の帰結」以外なんら意味が見いだせるものはなく、つまりは「裏切られている」状態なんだろうと僕個人はどうしても思ってしまうわけです。

ですが話を聞く限りではどうやらそうではないという。


これ以上僕個人の疑念をぶつけると「つまりこの価値観は理解され得ないものなんですね」と最後通牒を突き付けられてしまう可能性を恐れて、僕は何も言えずにいます。

そうでありたくないと自分自身が一番願っているから。

もし言い分を信じるのであればそれはつまり、僕の理屈・感情論・経験値・価値観からして説明しえない状況が今現に起こっているということです。

人生の中でももっとも心にダメージを受けたころを思い出し、その時よりは大人だなぁと感慨深くもなりながら心の痛みに耐えています。


のちのちふたを開けてみれば、これが僕が理解しえなかった何かなのか、それともただの「嘘」だったのかがわかります。
もし「嘘」だったとき、きっと以前と同じように、何かを変えていればその「嘘」は防げたのかなと考えてしまうのだと思います。


多分今回出る結論は、僕にはもうどうしようもないのかもしれません。
今度こそ、僕は自分を信じられなくなる。


それも受け入れて進むことにはなるのだと思います。


しかしまあ、学んだと思ったことは意外と役に立たないものだと実感しています。
何もできないような状況に自分を連れてきてしまった、それを呪うしかないのでしょう。

出来ると思った、でも出来なかった。

ただそれだけのことなんでしょうね。

自分だけのことなら、どうにかできたのだろうけれど。


と、独白部分は意図的に主語を伏せていますが、いつも通りです。

文章化する、ということはいつもながらに、心を整えてくれるものです。


そんなこんなで。

ではまた。


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アンディとロックとベンガルトラとウイスキー

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こんにちは。


時間が時間。


レバラン休暇に日本に戻りまして。

いろいろとありましたがそれは別に書きますね。




以前アナログが好き、という話をしたようなしていないような気がします。

自分のなんとなく向いている方向性なんですが、ある程度自分の肉体に帰属するものが好きみたいです。

自分の肉体、生まれ持ったからだから不可分なもの、そことの距離が近いもの。


テクノロジーは拡張の歴史なので、人間の体に依存していたものや肉体そのままでは手の届かなかったものを、何かしらの拡張でもって繋ぎ込んだり・切り離したり・外部委託したりしてきています。


時代による濃淡とレンジの違いはあるものの、僕はたぶんそれに最後の一線で歯止めがかかっているタイプなのかもしれません。

その稼働に前提とするものが多すぎると、意識せざるを得なくなる。
単一で完結しないものが多すぎると、無力さを感じる。

例えば何かやりたくても自分の手元にスキルがないからできないというのもそうだし。
(誰かにお願いしたり、原理を理解しなくても代行してくれるソフトウェアがあったり、というのがつまりは「拡張性」)


調べれば何でも分かるという現代で、その状況はすべて電気とコンピューターとインターネットとGoogleという前提のもとに成り立っているというのもそうです。
(アナログ的には「知識を学ぶ」ということで解決される事象)


わかりづらくなってしまっていますが、端的には

「アウトソースをしない」

ということに多少の魅力を感じているわけです。


現代の流れとテクノロジーには明らかに逆行していますし、正直なところ自分が生きているこの業界で言えば何を言ってんだこいつ状態です。
実際のところ生活の中では様々なテクノロジーを使い倒していますし、最先端のものについても情報を取りに行こうとしています。アウトソースしまくっている状態です。


問題は心の在り様なのだと思います。

必要なものは取りに行きますし、使い倒しますし、人にも頼りまくります。


それでも自身の肉体と脳に根差す力の総量を上げておきたいと常に思っていますし、全部を取っ払った時に最後に頼れるもののボトムラインを高くしておきたいというのがこの思想なのではないかなと。

何かを為したいと思った時に、まずは拙くとも自分一人で生み出せるだけの知識やスキルを持っておくことで第一歩が始められるという「始めの状態を作り出せる」ということの重要さを何となく感じております。


きっとバランサーで、ジェネラリストな思考なんでしょうね。


ということで知識に貪欲に、自分の頭で考えることをあきらめず、肉体を健康かつ強靭に保つ、という非常にシンプルな生き方を実践したいところでございます。



余談ですが、自分のイメージ通りに肉体を操作できるというのは非常に得難いものです。
高校生の時分と比べて明らかにこの感覚が鈍くなっているの実感して、人類としてもっとも重要な能力の一つが失われてきていることにがっかりしながらも、鍛えなおそうと思った今日この頃です。




ではまた。

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